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「うそうそ、冗談だよ
そんな顔すんなって」
先輩が僕を見て大笑いしている。
「そっ、そんな事言わないでください」
「かわいいな、あお」
「ちょっと、何顔近づけてきてるんですか!?」
先輩の口に手を押し当てる。
「キスぐらいいいじゃん
もうしてるんだし」
「事故です、あれは事故」
「これからもっとすごいことするのにな」
「しません、絶対にしないですから
だいたい男同士なのにするとか意味がわからない」
「あぁ、そうか
知らないよな
今度勉強会しようか」
「何のですか?」
「男同士でどうやってやるのか」
「はっ??」
またおかしなことを言い始めた。
「今度一緒にゲイビ見よう」
「ゲイビ??」
「まっ、おもしろい動画だよ
楽しみにしてな
おすすめのやつ揃えとくから」
ゲイビ、ゲイビ……覚えておいて後で検索しよう。
嫌な予感しかしない。
「これって度入ってんの?」
先輩が僕の眼鏡を取ってかけた。
「なんだ、伊達じゃん
かけててもかわいいけど、俺の前では外すことな」
「どうしてですか?
眼鏡返してくださいよ」
「いろいろやりにくいから」
「やりにくいってなんですか」
意味深な笑顔が怖い。
「もう帰ってもいいですか?」
「来たばっかじゃん
今日はあおと親睦を深めようと思ったのに」
「深めません」
「眼鏡かけてあげるからこっち向いて」
仕方なく先輩の方に顔を向ける。
「隙あり」
「ン――ッ」
バチーン
思いっきり先輩の頬を叩く。
「いてーな、叩く事ないだろ」
「また……またした
眼鏡返してください
もう帰ります」
眼鏡をふんだくって立ち上がり、そのまま帰ろうと歩き出した僕の腕を先輩が勢いよく掴んだ。
僕はバランスを崩して、先輩の上に座ってしまった。
どうしてこんな事に……。
恥ずかしくて両手で顔を覆った。
先輩はまた大笑いしている。
「あおかわいすぎるんだけど
腹いてー」
「すみません、今すぐにどきます」
「いいよ、このままで」
先輩が僕の腰に腕を回す。
「嫌です、はなせー」
「はぁ、すごいかわいい」
「かわいいかわいいって言わないでください
その言葉嫌いなんです」
先輩から距離を取ろうと力をこめる。
「超かわいい
世界一かわいい」
「喧嘩売ってるんですか?」
「だから顔隠してんの?
かわいいって言われたくないから?」
「先輩みたいな危ない人に捕まりたくないって理由もあります」
「あおって結構はっきり言うんだな
そこもタイプだわ」
あなた限定ですよ。
「僕はタイプじゃないんで」
「でも、俺からは逃げられないよ?
残念だったね」
「逃げますよ、絶対に」
「アハ、それは楽しみだな」
はぁ、ほんとに楽しそうに笑いやがって。
すごく疲れた。
「もう疲れたので帰ってもいいですか」
「疲れるようなことしてないじゃん
今からする?」
もう一発叩こうと先輩の方を見て手を振り上げたが、その手を掴まれて抱き寄せられる。
「うわ」
先輩をダイレクトに感じて、少しドキドキしてしまった。
違う、これは何ていうか、そのなんだ?
もう訳が分からない。
「あお、1回だけ
1回でいいから俺の夢叶えて」
「1回したら解放してくれますか?」
「する、約束する」
「分かりました
でも、今日じゃないですよ
僕何も分からないし
ゲイビってやつ見てみます」
「一緒に見ないの?」
「見たいんですか?」
「見たい」
「やる事増えてるんですけど……
まぁ、いいか」
「じゃ、今日は解放してあげようかな」
そう言ってパッと腕を離されたから慌てて先輩の上から退いた。
「そうだ、スマホ出してよ」
「嫌です」
「連絡先交換しようよ」
やっぱり、そんな事だろうと思った。
僕は鞄を持って今度こそ帰ろうと立ち上がる。
「じゃあ、お邪魔しました」
そう言いながら玄関に向かう。
「無視すんなよ」
先輩が追いかけてきた。
「僕スマホ持ってないんで」
「写真撮ってたじゃん」
「写真?」
「なんでもない
じゃあまた待ち伏せしようかな」
先輩が楽しそうに笑う。
頭を下げて玄関を出た。
また待ち伏せされるのか。
とてつもなく憂鬱だ。
その日の夜、僕はゲイビについて調べて安易に一緒に見ると言った事を後悔することになった。
これを一緒に見るのか……?
ちょっとよくない気がする。
先輩の罠に嵌ってしまったようで、どうやって抜け出せばいいのか頭を抱える日々が始まった。
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