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前編〜花の章〜 写実描写
【夢/マチルダ・ピンコット】
「僕は、僕の正義が万人の正義とイコールではないことは理解している。だって、僕は先輩と玲音君を殺したんだから……自ら死を望んではいなかった、彼らを」
背の高い男性が、光る板に向かって呟いている。
私は男性の名前を知っている。
黒須 晶仁(くろす あきひと)。
ユスティート様と婚約して以来、何度も彼の夢を見たから知っている。
パートナーの楠木 香代(くすのき かよ)と共に、死を望む人々に安楽死という形で死を与えてきた殺人鬼。
「さよなら、凛音ちゃん。君の正義は僕には眩し過ぎた……」
爆音。
爆風。
それらは彼が立つ、自然に囲まれた空間を破壊し、彼自身も……。
*
場面は変わる。
普段は優しげな深い藍色の瞳が金色となったユスティート様が、ぼんやりと玉座を見つめていた。
彼はユスティート様ではない。
恐らく、彼は……。
「黒須 晶仁さん……ですね」
あの夢では、手が届かなかった。
けれど、今なら手が届く。
私は彼に向けて、必死に手を伸ばした。
「生まれ変わっても本質までは変わりません。貴方はユスティート様と同じ、本来は正義感が強く、優しい人です」
ユスティート様が、晶仁さんが、私に視線を向ける。
「貴方は、沢山の人々を死に追いやって傷つかない人ではありません。まだ間に合います。どうか、私の手を取ってくださ……」
それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。
私の身体を、喉を、風の刃が裂く。
私を、刃が切り刻む。
夢の中の私は死んだ。
けれど、夢は終わらない。
「彼女を殺したのはお前だ、黒須 晶仁」
銀髪の美少年が微笑む。
スピルス・リッジウェイ。
彼も普段は葵色の瞳が金色となっている。
私を殺したのは、彼の放った魔法だ。
「私はお前の模倣犯だからな。お前のように、紙の中での犯罪ではなく、実在の人物を手にかけた。孝憲(たかのり)の書いた小説の登場人物であるお前に、存在すらしないお前に狂わされて……私は」
穏やかに微笑んでいたスピルス・リッジウェイは、唐突に鬼の形相になる。
「さっさと玉座に座れ、黒須 晶仁。そして固有魔法を発動しろ。私が憎いだろう?私ごとラスティル王国の人間を眠らせろ。安楽死だ。お前の完全犯罪を、この私に見せてくれ」
何かに操られるかのように、玉座への階段を上ってゆく晶仁さん。
私は必死に制止の言葉を叫ぶが、もちろん届く筈がない。
そして……。
*
「君は僕の全てを知っても、それでも優しいと言ってくれるんだね……」
全ての民が眠るように事切れ、死者の国となったラスティル王国で、唯一生きている晶仁さん。
ユスティート様の姿をした彼は、引き裂かれた私の亡骸を抱き締めて涙を流した。
そして、自身の胸に刃を……。
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