前編〜花の章〜 写実描写

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【ピンコット家/マチルダ・ピンコット】 「夢……か」 私は天井へ伸ばしていた手を、ゆっくりと握り締める。 またあの悲しい夢だ。 ラスティル王国の終わりの夢。 私は起き上がり、鏡を見る。 ふんわりとした長く柔らかい金髪に、茜色の右目。 しかし左目は、夢の中のユスティート様やスピルスさんと同じ金色だ。 この世界には『金目の病』というものが存在する。 金目の病を発病した者の殆どは発狂をするが、稀に発狂せず正気を保ったまま生還する者もいる。 そして正気を保ったまま生還した者は、神により叡知と強い魔力を授けられる。 更に、時折生まれながらにして金色の瞳を持つ子供も生まれる。 私の母アデルはその一人だ。 私もまたその中の一人なのだけれど、片目だけ金色というのは更に稀で珍しいらしい。 私の名前はマチルダ・ピンコット。 ラスティル王国の『始まりの四家』のひとつ、ピンコット家の令嬢だ。 宰相として、“文”の分野で王を支えるアッシュフィールド家。 王の護衛として、“武”の分野で王を支えるマードック家。 ラスティル王国の治安維持と聖地である地下の湖の守護を担うティアニー家。 そして、未来のラスティル王国を支える人材の育成を担うピンコット家。 ラスティルには初めにこの四家があり、この四家の血が混じることで、もうひとつの家……ラスティル王家が生まれた。 四家が存在しなければ、ラスティル王国は存在しなかった。 そういった意味で、『始まりの四家』はラスティル王国の貴族の中でも特別な地位にある。 ピンコット家の当主は、私の母親のアデルだ。 父親のアレクシスはマードック家出身で、婿養子。 父はマードック家の長男で、本来であればマードック家の当主となる筈だったのだが「アデルに一目惚れしてしまったからね。仕方ないよね」と、婿養子になったらしい。 マードック家は現在、父の弟であるスヴェン叔父様が当主となっている。 母曰く「アレクシスはマードック家の当主には向かなかった」という事情もあるらしい。 父の固有魔法は『治癒』で、能力も魔術師寄り。 確かに、マードック家の当主には向かないだろうと私も思う。 父は魔術や学術を学ぶ“ラスティル学術学校”の学園長、そして母は武術や戦闘技術を学ぶ“ラスティル騎士学校”の学園長だ。 “武”に秀でるマードック家出身の父より、ピンコット家の一人娘だった母の方が“武”の分野に秀でてしまっているのだ。 マードック家の当主は確かに父には難しいだろう。 ちなみに固有魔法とは、火・水・風・地・氷・雷・森・光・闇の属性魔法とは違い、この世界の人間全てが個別に所有する魔法だ。 属性魔法を扱うには魔術の才が必要だが、固有魔法には魔術の才は必要ない。 私の固有魔法は『写実描写』。 つまり先程のあの夢だ。
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