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箱の中には透明なケースに入ったディスクが数枚と一台のビデオカメラが入っていた。
そこから一枚のディスクを取り出すと、ディスクの表面には年と日付が書かれていた。僕の誕生日だ。
リビングのプレーヤーにディスクを入れ、再生する。画面には幼稚園の運動会だろうか、幼い頃の僕が音楽に合わせて踊っている映像が映し出された。ディスクを入れ替えると、次は赤ん坊の頃の僕が映し出された。初めて自分の足で立った時の映像だろうか、両親の拍手や喜ぶ声が聞こえる。
やはり僕の記憶は間違っていなかった。
でも、何故両親は覚えていないなんて嘘を吐いたのか、その理由は分からないままだ。
あの映像を見れば何か分かるかも知れない、そう思った僕は箱の中から一番新しい年と日付のディスクを取り出し、プレーヤーに入れた。
再生が始まると、母が幼い僕の手を引いて森の中を歩いている様子を後ろから撮影している映像が映し出された。
しばらく歩いている様子が流れた後、場面は切り替わり、何もない空き地が映し出された。それから子供の泣き声と女性の怒鳴り声がすると、画面が小刻みに揺れ始め、父の笑い声も聞こえてくる。
画面の端から現れた母は嫌がる僕を無理やり引き摺る様にして空き地の中心、画面の真ん中へと移動した。
地面に倒れて泣きじゃくっている僕と、それを微動だにせず見下ろす母の映像がしばらく続いてから、母は急に奇声を上げ、再び沈黙する。
そして、母はゆっくりと首を左右に振り出した。
僕はそこで再生を中断してしまった。
何だこの映像は。
全く記憶に無いはずなのに、今にも泣き叫んでしまいそうな、あの恐怖感を思い出してしまう。分からない、あの映像は一体......?
直後、脳内に直接映像が流れ込んでくるような感覚と共に激しい頭痛に襲われる。
※※※
これは祖父母の家に家族三人で遊びに行った時の記憶だ。
祖父母の住む村には、絶対に破ってはいけないルールがあった。
”その森の中へ入ってはいけない”
もしもその森に入ってしまえば、とてつもなく恐ろしい事が起きるのだと、両親と祖父母は何度も語った。
ある時、僕は森の中でその森を見つけてしまった。
しめ縄が巻かれた背の高い木が規則的に立ち並び、それらの木々は鎖で繋がれていて、これより先に入るなと強く主張しているようだった。木の足元には看板が立てられていたが、幼い僕にはその文字を読むことができなかった。
しかし、今なら分かる。
”コノ先 禁足地 祖ノ眠ル場所”
そして僕は、足を踏み入れてしまったのだ。
※※※
気が付くと、僕はリビングで倒れていた。
時計を見ると、どうやら一時間程眠ってしまっていたらしい。
なるほど、僕は理解した。
無意識に自分の心を守ろうとする防衛本能によって、僕は自分で自分の記憶を編集したのだ。
あの恐怖を思い出してしまえば、きっと正気ではいられなくなる。
玄関が開く音がした。
二人分の足音が近づいて来る。
リビングのドアが開いた。
「書いてあっただろ。開けるなって」
「人の部屋に勝手に入っちゃ駄目でしょ?」
父と母が立っていた。
しかし、その表情は異様だった。赤く充血した瞳は焦点だ定まっておらず、口の端からは涎が垂れ下がり、シャツの胸元にシミを作っている。
「なぁ、書いて…ふふっ、書いてあっただろ?ぷっ、くく……」
「人の部屋に勝手に入っちゃ、入っ……あははははははははは!」
僕は二階の自分の部屋に逃げた。
扉に鍵をかけ、扉が開かないよう扉の前に本棚を倒した。
「書いてあっただろ。開けるなって。なんで開けたんだ?なんで開けたんだ!なぁ!書いてあったよなぁ!開けるなって!!」
「あはははははははははははははははは!!」
扉を殴る音とおかしくなった両親の声が鳴り止まない。違う、あれは両親ではない。あの時と同じだ。どうしてこうなってしまったんだ。僕が悪かったのか、きっとそうだ。あの日も、僕が森の中に入ったから……父さん、母さん、ごめんなさい。許してください。すべて僕が悪かった。許してください、許してください、許してください……あれ、なんで僕は謝ってるんだっけ?何か忘れてるような気がする。そうだ、夏休みの課題が残ってるんだった。頑張って終わらせないと。
※※※
結局、今も扉を殴る音と奇声は鳴り止んでいない。
頭がどうにかなってしまいそうだ。
スマホを机の上に置き、僕は準備を始めた。
何故だか分からないけど、こうしなきゃいけないような気がする。
押し入れの中から小学生の時に使っていた縄跳びの紐を取り出して、片方をベッドの足に括り付け、もう片方を自分の首に巻いて結んだ。
多分、こうするしかない。それ以外の思考が頭から排除されていく。
どうしてこんな事になったんだろう。何が駄目だったんだろう。
でも、あの箱を開けた責任は取らなくちゃいけない。
あの映像を見た責任を取らなくちゃいけない。
追い求めなくていい過去を追い求めた責任を取らなくちゃいけない。
そして僕は、窓から飛び降りた。
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