編集された動画

1/2
前へ
/2ページ
次へ
 人は誰しも、他人に言えない秘密を持っているという。  知られるのが恥ずかしい、世間体や人間関係が危うくなる、過去のトラウマが原因等、その理由は様々だ。  無理に秘密を知ろうとすれば、大きな代償を支払う結果になるかも知れないという事を、その時の僕はまだ知らなかった。 ※※※  自室で夏休みの宿題を終わらせるために机に向かっていると、脇に置いてあるスマホがブルブルと振動した。画面に目をやると、クラスのグループチャットに一本の動画が貼られていた。  時計を見ると、課題に取り掛かってから既に三時間も経っている。少しは休憩しようと、送られてきた動画を再生した。  動画の内容は、クラスの仲良しグループが海で遊んでいる映像に簡単なエフェクトや文字が下手な編集で追加されているものだった。  そんなどうでもいい動画が、僕に酷く恐ろしいものを思い出させた。 ※※※  幼い頃、僕の両親は家族で出かける時はいつもビデオカメラを持って行き、何気ない会話や遊んでいる様子を撮影していた。僕が大きくなったら一緒に見返す為とか、結婚式で流すとか、確かそんな理由だったと思う。  僕の誕生日には、一年分の撮影データを短く編集した動画を見るのがお決まりになっていた。映像関係の仕事をしていた父によって、動画の中の僕は映画やアニメの主人公のように見えたのを覚えている。  これは恐らく、六歳くらいの記憶だ。  家族三人で誕生日ケーキを食べながら、今年の思い出の動画を再生すると、そこには、甲高い声を上げながら公園の中を走り回っている僕の背後に、左右に髪を振り乱している髪の長い女性が出来の悪い合成の様に貼り付けられた映像が映し出された。  公園で遊んでいるだけの映像のはずが、その女性に追いかけられ、悲鳴を上げながら逃げ周っているような映像になっていたのだ。  幼い僕はその映像がとにかく怖くて、両親に再生を止めるよう泣きながら懇願したのを覚えている。  それ以来、外出時に両親がビデオカメラを持っていくことは無くなった。  十年が経ち、高校生になった僕は平穏で普通な生活を送っていた。  夏休みのある日、何の気なしにテレビを見ていると、情報操作や印象操作の危険性についての特集が行われていた。編集された動画を実際に起きている事だとSNSで拡散し、大きな問題になった事件が取り上げられている。  突然、脳裏にあの動画がフラッシュバックした。思い出すだけでも身震いしてしまう不気味な映像、そして同時に、とある疑問も思い浮かんだ。  どうして父はあんな動画を作ったのだろう。  僕の両親は二人とも物静かで優しい人だ。地域のボランティア活動に積極的に参加し、募金箱には必ずお金を入れる。困っている人を見つけると、自分の用事はそっちのけで手助けしてしまう。そんな人たちだ。  何故、そんな人があのような気味の悪い動画を作ったのか、理由が全く分からない。  その日の夜、父の仕事が早く終わったので三人で夕食を食べる事になった。これは疑問を解消するチャンスだ、そう思った僕は、両親に直接聞いてみる事にした。 「そういえば昔、僕の誕生日に三人で動画見てたよね?」 「そんな事してたっけ?覚えてないなぁ……」 「私も全然思い出せない。何か別の記憶と混ざっちゃってるんじゃないの?」  想定外の反応だった。  そんなはずはない。僕が幼い頃の記憶では、父はいつもビデオカメラを持っていた。誕生日の動画も昨日見たかのように鮮明に思い出せる。  結局、両親に何を聞いても知らない覚えていないの一点張りで、両親が嘘をついているようにも見えなかった。  なら、この記憶は何なんだ。  母が言ったように、幼い頃に見た映画やドラマの怖いシーン、怖い夢、そういったものが他の記憶と混ざっておかしな記憶になっているのだろうか。  どうにも腑に落ちない、モヤモヤとした感情を抱えたまま、その日は布団に入った。  翌朝の目覚めは最悪なものだった。動画の事で頭がいっぱいになり、ようやく眠れたかと思うと、あの髪の長い女が出る夢を見て慌てて起き上がる。それを何度も繰り返し、まともに眠る事ができなかった。  時間は朝の八時、リビングに降りていくと、ちょうど両親が仕事に行く準備を済ませたところだった。今日は二人とも忙しく、帰って来るのは明日になるそうだ。  二人を見送った後、僕は両親の部屋へと向かった。両親の事を信じていないわけではない。しかし、何か隠しているのではないかと疑わずにはいられないのだ。そう、これは家族を信じるための行動なんだ。  そんな言い訳を脳内で繰り返しながら両親の部屋に入る。  室内にはベッドが二つ、その横に化粧台、クローゼットが壁に沿って並べられているだけの、昔から何も変わらない簡素な部屋だ。  そして、探し物はすぐに見付かった。  クローゼットの中に段ボール箱が一つ置いてあったのだ。その段ボール箱にはガムテープが乱雑に何重にも貼り付けられ、その上から黒いマジックで”あけるな”と殴り書きされている。  箱を持ち上げてみると、中からプラスチックや機械がぶつかっているような音がした。ビデオカメラや記憶媒体が中に入っている、そう確信した僕はリビングに箱を持って行き、箱を開封した。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加