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「ごめんなさい、お待たせしました」
十時ごろ、丁寧な口調で、さらっとした黒髪ロング、一言で言えば清楚な女子、敷島さんが入ってくる。その直後、敷島より少し小柄で細身である長浜さんが続いて入ってくる。彼女たちはいつでも一緒にいるから、今日も二人で打ち合わせでもしながらやってきたのだろう。
「二人ともごめんね、待たせちゃって」
「平気平気、それほど待ってないから」
鈴木さんがすぐに応えた。続いて僕も「大丈夫」と小声で言った。二人は僕らが座っている廊下側ではなく、教卓に鞄を置いた。それから長浜さんがすぐさまチョークを持って、カキコキと音を立てて文字を書いた。
『どんなお化け屋敷にするか』
「早速だけど、お化け屋敷の内容について決めようと思うの。できれば具体的な方がいいかな。とりあえずいくつか案を出してもらって、最終的にはクラスのみんなにアンケートを取って、一番人気があるものにする。それでいい?」
理路整然と話す長浜さんに、他の三人は「いいよ」と相槌を打った。
「それで採用されたものを、鈴木さんがデザインするって流れになると思う。大丈夫?」
「わかった。ねえ、早速だけど案を出してもいい?」
「もちろん、いいですよ」
敷島さんが目を細めて返事をした。鈴木さんは「じゃあ、私の案を出すね!」とカバンからキャンバスノートを取り出して説明を始めた。
「まあ、普通のお化け屋敷だとつまらないじゃん。だから、何かしらのコンセプトをつけたほうがいいかなと思って。そこで、日本昔話にちなんだお化け屋敷を考えてきたんだ。例えば桃太郎の鬼が出てくるとか、浦島太郎では老化しちゃった浦島太郎本人が出てくるとか」
何枚かの自作のイラストとともに、鈴木さんはハキハキした声で説明していった。それは夏休みに室内で文化祭の準備をするにはもったいないくらい明るい声だった。
「うん。何かのコンセプトを設けるのはいいね。鈴木さん、ナイスアイデアね」
長浜さんが珍しく溌剌とした笑みを浮かべた。
「私も、鈴木さんのアイデアに近いですが、一つあります」
次は敷島さんの番になった。
「私は誰もが楽しめる文化祭ということで、怖さよりも楽しさ重視にしたいと考えました。そこでモチーフにするのは、白雪姫です。白雪姫の物語に沿ってお化け屋敷を進んでいく。ちょっと怖い部分もあり、だけどストーリーを楽しみながら迷路を進んでいく。そんなお化け屋敷のほうがいいかなと思いました」
「なるほど。しきちゃんのアイデアもいいね。たしかにストーリー性は大事かもしれないね」
「はい。長浜さんはどんな形にしましたか?」
敷島さんが振って、「私は」と長浜さんもアイデアを出した。
「社会風刺をしようと思うの」
「社会風刺?」
鈴木さんがあからさまに疑問を抱いたことを示した。それは僕も同じだった。
「うん。今社会的に問題になっていることをお化け屋敷に取り込むの。具体的に言うなら、いじめ」
いじめ。それは冷たく硬い響きだった。
「いじめ、か」
明らかに翳った声に変わった鈴木さんと、不自然に瞬きをする敷島さん。しかし、長浜さんは堂々としていた。
「そう、いじめ」
「でも、それは学校の許可が降りないかもしれないですね。ちょっと文化祭向きじゃないといいますか」
敷島さんは、それは現実的ではないと友人にアドバイスをしたようだった。
「ウチの学校そういうの厳しいからさ。柔軟性がないもん。あとはネガティブすぎると思う。文化祭って楽しい場所だからさ」
鈴木さんは相変わらずズバッと切れ味よく話した。ただ、それに対して長浜さんも負けじと真っ向勝負を挑むような姿勢を貫いた。
「楽しい場所だけじゃ思い出に残らないと思うけど」
「そうかな?」
鈴木さんは露骨に首を傾げる。しかし、長浜さんは気にしない。
「必要なのはインパクト。私はそう考えている。それと、斬新かつ明確なテーマ。いじめって明確なテーマを設けることで、他とは一線を画するお化け屋敷が誕生するってわけ。ほら、みんな似たり寄ったりでしょう?」
「それはそうだけど。でも、テーマがリアル過ぎるよ。文化祭なんだから、もっと柔らかい感じのテーマの方がいいよ」
「鈴木さんの意見も否定しないけど、私はいじめをテーマにお化け屋敷を作りたい。具体的には、実際にいじめを経験した女の子の復讐というか、彼女がどんな思いを抱いていたか、それを忠実に再現する。そして、いじめはダメだって感じてもらう」
「お化け屋敷を通じて、ですか?」
敷島さんがおそるおそる訊くと、「そう」と長浜さんはきっぱり言い切った。
「みんな同意しないと思うけどねえ」
鈴木さんは不満そうに顔を渋らせて、自身のイラストを見返していた。敷島さんは「そうですねえ」と曖昧な相槌をしていた。
「大島くんはわたしの意見、どう思う?」
長浜さんが僕に振った。やはり真っ直ぐな目で、淀みもない目で。
「僕は、それはそれでありかなって思うけど」
僕の答えに関しては、特に誰も言及しなかった。僕はかなり無難な答えを出したからだろう。長浜さんは他の二人とは全く違う角度からお化け屋敷を見ていた。それは世間的に変人と評されてしまう見方だったが、僕はむしろ好印象を抱いた。長浜さんに対しての印象がガラッと変わったのは、このタイミングだった。
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