ドラマではありがちな話

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 父親は直輝の手をその両手で力強く握りしめた。これまで堪えていた涙が流れるのを隠すことなく、その手を何度も上下に振った。そして感情の赴くままに言葉を吐き出し続けた。 「頼む。手術を受けてくれ。そ、そうだな。手術が終わって病院から出たら、お前がしたい事なんだってしてやる‥‥‥そ、そうだ。お前、ジロー選手に会いたがっていたよな。よし、手術が終わったらジロー選手に逢いに行こう。そんで、サイン貰ったり、あ、握手もしてもらえるかもな」  ジロー選手とは、某プロ野球球団の選手だ。チームの成績は不振だが、そんな中にあってジロー選手は三年連続で打率一位であり、今季は首位打者を独走しているうえに、三冠王にも手が届く位置にいた。  直輝にとってジロー選手は憧れだった。将来自分もプロ選手となって、ジロー選手と首位打者争いをするというのが夢だった。 「ジロー選手に‥‥‥逢えるの?」  直輝は、ジロー選手という言葉に、それまでの不安な気持ちがどこかへ飛んでしまっていた。父親としては、普通に野球の試合を見に行くくらいの気持ちだったが、直輝はそうは捉えなかった。 「逢えるなら、手術前に逢わせてよ。そしたら僕、手術する!」  両親は一瞬顔を合わせてしまった。出来もしない事を言ってどうする気なのと言いたげな母親の表情と、そんなつもりではと答えるような父親の表情だったが、直輝はそれに気づくことなく、急に元気を取り戻した。
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