7.眼鏡+黒髪=優等生?

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7.眼鏡+黒髪=優等生?

 私が通っていた専門学校は、新橋にあった。サラリーマンの街、新橋。駅前には居酒屋が立ち並ぶ、ビジネスと酒の街だった。  シンセサイザーと作曲を学ぶためにこの街に来た私だったが、専門学校生の日常というものは意外と忙しかった。  毎週のようにある課題(作曲)の〆切に加え、機材やセッションのためのスタジオ代を稼ぐためには何個もアルバイトを掛け持ちする必要があった。  その弊害かのように、授業中、特に座学の時間は眠くなる事が多かった。 「だから~、イルカっていう生き物は~」  作曲の講義をしに来たはずの講師が、ひたすらイルカの話をしている。それもう、安眠の魔法のような言葉の羅列に、私の意識は遠くなっていくばかりだった。  課外活動で、能の観覧をした時もそうだった。日本の古典芸術には興味のない私。カポーンカポーンと打たれる(つづみ)の音は、睡眠へ誘う誘導剤のようだった。 「学生の皆様、お願いです。寝ないで下さい」  始まる前に、そんなアナウンスがあった。しかし、私のクラス総勢十名の内、ずっと起きていたのはたった一人だけだった。 「能はロックだぜ!」  そう熱く語った男子学生以外、全員熟睡していた。  しかし、それらの授業の後に待ち受けているものがあった。それはレポート、だ。  寝ていたから書けません……では済まなかった。私は、かすかな記憶と持てる知識を総動員してレポートを書いていた。 『無雲が何かしたら【優】を与えよ』  そんな文化が、専門学校の講師陣の中には存在していたと思う。  私は、黒髪で地味なデザインの眼鏡を掛け、最前列で授業を受けている一見優等生の存在だった。だから、寝てばかりいてもそれが問題視はされず、ただクラスメートだけはそれを見逃さずに罰金の百円をかすめ取っていった。  元来より、舌先三寸で生きていた私は、ここでも適当に講師陣が心地良くなりそうな文体でレポートを制作し、常に【優】評価を受けていた。 「眼鏡してたら博士に見えるのよ」  私は、そんな軽口を叩いていたような人間だ。だけども、いつも事で得をしていた。黒髪に眼鏡だけではない、ここでも貧乳が役に立っていたように思う。要は、に見えていたのではないかと思うのだ。  実際身持ちだけは堅かったが、それなりに恋人はいたし、やる事はしっかりやっていた私である。講師陣の当時の評価は過大評価であったと言える。しかし、得なら得でいいじゃない、そう思うのである。
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