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「え?」
チュウチュウという鳴き声に、台所や納屋を牛耳るにっくき小動物だと分かったが、いくらんなんでも。
腰が抜けて、後ずさる事すらできなかった。
しゃがみこんだ体勢から天を仰ぐように瞠目する。
徐々にその丸い大きな耳と、無毛の細長い尻尾、全身の体毛がハッキリと浮かび上がる。
しかも、その動物はこっちに近づいてくる。
(こないでこないでこないで!!)
声にならない絶叫で涙目になる。
緊張と恐怖が限界になったとき、不意に木と木が擦る音ようながした。
「ホラ、これ飲んでみて」
さっきまで机に噛り付いていた部屋の主が、小瓶を巨大鼠に渡した。
巨大鼠は瓶を受け取ると、バケツの水を一気飲みするみたいに飲み始めた。
すると、飲んだ瞬間、つむじ風が巻くみたいに体が縮まり、手の平に乗る大きさになった。
「えっ? えっ?!!」
魔法の様な出来事に、わたしは二の句が継げないでいた。
ネズミは、そのままいつも台所でわたしを翻弄する動きで走って行き、本の海に消え失せた。
「大丈夫? 姉さん」
「ヘンゼル…」
屈みながら手を差し伸べて来る弟を見上げた。
「いっ…。いまの、ねずみ…、よね?」
「そうだよ」
「大きすぎるでしょっ!! 熊くらいあったわよ?!!」
細く長い指を生やした手のひらに掴まり、わたしは前のめりに立ち上がった。
「ちょっと調合失敗して。小さくする予定が、巨大化したんだよね。だから解毒剤を」
「動物で実験しちゃ駄目って言ってるでしょ」
「生体実験をしないと結果が分からないんだ。さっきの鼠は新しい配合を試してて。他のは、ちゃんと縮小したよ」
「だったら、わたしが飲むから!!」
ヘンゼルの声に、わたしの声が覆いかぶさった。
「姉さんを実験台になんて出来る訳ないでしょ。それに、今まで僕の薬を飲んで死んだ動物はいないし。彼らにとっては快適みたいだよ、逆に」
(…まさか、最近ネズミ捕りに引っかからないのって)
仕掛けても仕掛けても空っぽの金網に、齧られたシュトレン。
お父さんには黙っておこうと誓った。
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