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ずっと自分は捨てられたと思って――思い込むように、していたのだ。それだって、よく考えれば違うとわかりそうなことだけれど、自分だけ惨めなのは嫌だから、意地を張り、突き詰めないようにしてきた。
(楓義母さん……)
事実は、想像とは違っていたのだろうか。たった数年、血の繋がらない息子だった自分のことを、たまには思い出してくれていたのなら――。
やっぱり、冬馬にとっての「母」は楓ひとり。
顔も知らない産みの母よりも、彗星のごとく現れた気の合う母が、大好きだった。
「ちょっと、ごめん……」
胸の心地悪さを感じて、冬馬は手前のコンビニに寄り、トイレを借りることにした。
ほとんどなみき野住宅の人間しか利用していないだろう店舗が、今は避難所のように感じられる。
「大丈夫か?」
「うん、先に行ってて……」
先に見えている団地のエントランスのあたりで待ち合わせることにして、夏樹と別れた。
*
「ど、どうしたの……?」
冬馬が遅れてなみき野住宅の建物内に入ると、居住者の郵便受けの前で、夏樹と老人が言い争っていた。
冬馬が近づいていくと、夏樹がほっとした顔で息をつく。老人は冬馬を見て、おやと目を見開いた。
「だから言ったじゃないですか。訪問販売じゃないって」
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