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夏樹がそれ以上動かないとみると、彼女はダッと駆けだして、建物の外へと逃げていった。
ショックを受けている夏樹を見ていたたまれない気分にはなったが、桜の気持ちは痛いほどよくわかる。むしろ桜側に立ちたいくらいだ。自分を放りだした元義理の父親に突然会いにこられたって、普通は困るだけだろう。
しばらく立ち尽くしていたが、いつまでもこうしているわけにもいかない。
「ええと、一応、母にも会っていこうと思うんですが……」
桜に招き入れてもらえなかったのに奥へ立ち入るわけにもいかず、管理人に確認をとった。すると、
「え? もしかして……知らない?」
管理人は目を丸くして、冬馬の顔をじっと見つめた。
まただ。聞かない方が身のためのような、漠然とした嫌な予感。
管理人は、今度は夏樹のほうを見て、言葉に迷っている様子で視線を落とした。
冬馬は夏樹と顔を見合わせ、首を傾げるしかない。
「あの……どうかしましたか?」
夏樹が尋ねた。
しばしの沈黙のあと、管理人は先ほどまでとは違う、小さな声で言った。
「桜ちゃんのお母さん、半年前に亡くなったんだよ。交通事故で、右折車に巻き込まれたとかで……」
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