3 現実感がないままに

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 晩ご飯のおかずになるものを買おうと駅前の商店街を歩いていると、道すがらすれ違った女性と肩がぶつかった。長い髪を一本にまとめた、カジュアルスーツ姿の中年女性だ。  女性は手に持っていた荷物を取り落とし、あたふたしている。鞄からこぼれた小物がアスファルトの地面に散らばっていた。  化粧品のサンプルや、パンフレット――営業の帰りだったのだろうか。 「すみません。大丈夫ですか?」 「あ、いえ、こちらこそ、よそ見をしていて……」  女性の荷物を拾うのを手伝っていると、ふいに見慣れたロゴが目に入り、手を止めた。拾った封筒に書かれている会社名は――夏樹が勤めている会社と同じ名称だった。  少し、嫌な予感がした。 (もしかして……わざとぶつかった?)  素朴に見えていた相手が、急に怪しく見えてくる。 「ありがとう。優しいのね」  女性は貼りつけたような笑顔を浮かべながら、封筒を受け取ろうとこちらに手を差し出してくる。  じっとりと汗ばんだ手でそれを渡し、パッと引っ込めた。 「それじゃ――」  すぐに立ち去ろうとしたが、先んじて相手が踏み込んでくる。 「あら? もしかして……部長の息子さんじゃないですか?」
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