3 現実感がないままに

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 袖を、掴まれている。  聞いてもいないのに唐突に「写真を見せてもらったことがあってね」と一方的にまくしたてる姿は、もはや偶然を装った不審者としか思えなかった。  部長も呼んでご飯でも行こうと誘われて、恐怖しかない。  なにを言ったか覚えていないが、その場は適当にごまかして、ダッシュで逃げた。      *  夏樹が帰ったら問い詰めてやろうと思っていたら、『今日は遅くなる。先に寝てて』とメールが入った。どうも会社でトラブルがあったらしい。  メールで込み入った話をするのもなんなので、『わかった』とだけ返信を送る。  夏樹の会社の関係者らしき女性に会ったことは、後で折を見て伝えることにしよう。そもそも彼のこういったトラブルは、今に始まったことではない。  また着信音が鳴ったので、今度はなんだと携帯を見た。 『そういえば冬馬、もうすぐ誕生日だろ。欲しいもの考えておいていいぞ。そのかわり、テスト頑張れよ』  よっしゃ、と腕を振り上げた。悪いこともあれば、いいこともある。  文面にあるとおり、テストも目前。そろそろ集中しないと、これこそ学生の本分だ。鬱な事案はそれから考えればいい。  忘れたいことが多すぎて頭がパンクしかけていたが、どうにか気分を切り替えることができそうだ。  答えのないことで悩むのは、こりごりだった。  もしかしたら夏樹も、同じ気持ちだったのかもしれない。
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