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「部長、一緒に会社に行きましょう。逃げられたら困りますから迎えにきました」
「逃げないよ。逃げないけどさ、君ね……」
さすがに頭にきたらしい、珍しく顔を紅潮させながら、夏樹が前に進み出てきた。
「冬馬。家に入っていなさい」
「う、うん……でもゴミが、ちょっと出してきちゃうから」
決まった時間までに出さないと。そんな条件反射みたいな理屈で体が動いて、玄関先を塞いでいた女性と肩がぶつかった。
「あっ……」
女性がよろけて、後ろ手に持っていた何かを取り落とした。石畳みに落ちたそれが、甲高い金属音を響かせる。
落ちた物に目を向けると、銀色に光る果物ナイフだった。
ぎょっとして、思考が真っ白になる。
動けずにいるうちに、女性は慌ててナイフを拾い上げた。
夏樹は、信じられないという顔で女性を見つめている。その目つきが、相手の癇に障ったようだった。
「なんですか。その目。違いますよ。これは護身用です。部長との仲を邪魔する輩が多いから……念のために持っているだけです」
「根本くん……帰ってくれないか。でないと……」
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