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1 夏樹
「藤川さん、傷の具合はどうですか?」
「まだ時折、傷口がじくじくと痛みますが、看護師さんのお顔を拝見したら元気になりました。白衣の天使って本当にいるんですね」
「やーだ、もう。褒めても何も出ませんよぉ」
病院のベッドに横になり、回診に来た看護師のチェックを受けながら軽口を叩く夏樹を、そばの椅子に腰かけている冬馬は、冷たい表情で眺めた。
(あんなに大騒ぎしたのに……)
夏樹は刃物で刺されたものの、どうやら刺しどころが良かったらしい。処置が早かったこともあり出血が少なく、主要な内臓も傷ついておらず、外傷だけだとのこと。本当に運のいいやつだ。
それでも傷は深くて何針か縫ったし、今も痛み止めを投与している。
救世主となった隣家のおばちゃんの、新たな差し入れのリンゴの皮を剥きながら、今だけは突っ込みも入れずに勘弁してやろうと目を瞑る。死ななくてよかった、その気持ちが続くうちは、寛大になれそうだ。
夏樹を刺した女性、根本真理恵は、おばちゃんの通報により駆けつけた警察に逮捕され、連れていかれたが、後日、自分の両親に付き添われて釈放されたらしい。会社はすでに退職したとのこと。
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