2 桜

3/4
前へ
/104ページ
次へ
 上階に戻ってきて、廊下を通りかかった看護師に女の子を見なかったかと聞くと、自動販売機のある休憩室のほうで見かけたと教えてくれた。  帰ったわけじゃなかったのか。飲み物を買いにいったのかもしれない。  休憩室に行き周囲を見回したが、そこにも彼女の姿はなかった。  廊下の天井に下がっている「非常階段」の看板が、妙に気にかかった。  矢印の方向へ進み、非常時以外は使用禁止と書かれた金属の扉を押し開ける。  煽られるような風が吹き込んで――目の先に、外階段の手すりから身を乗り出そうとしている女の子を見つけ、咄嗟に飛びかかった。ここは五階だ。落ちたらただでは済まない。  背後から抑え込み、強引に引き戻す。 「放して! 放してよ!」 「ふざけんなっ! なにやってんだ!」  もつれるように倒れ込み、床に転がる。地面に両手をついた彼女は、その場に塞ぎ込むと火がついたように泣きだした。 「母さんのところに、私も行きたい……」 「そんなこと、言うな……っ」  かける言葉が他に見つからない。  自殺なんて母さんは望んでないとか? ばかなことをするなとか? どれも上っ面だ。 「死ぬなよ……ほんとうに、やめてくれ……」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加