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ひとつ屋根の下、一緒に暮らしていた頃と変わりない姿。写真として残っているものは夏樹と冬馬と家族だった頃のものしかなくて、それを使うしかなかったらしい。
写真の母と目が合った瞬間から唇が震えて、我慢などできなかった。忘れていたはずの引き出しが開いて、中身をぶちまけたみたいに沢山の思い出が押し寄せてきたから。
顔を覆って、震えだす。桜は部屋を出ていって、しばらく戻ってはこなかった。
*
団地のそばの空き地で、桜とキャッチボールをした。
彼女はソフトボール部に所属しているらしく、男子並みにスナップが効いている。
「ニュージーランドにはいつ行くんだ?」
「来月」
白い野球ボールのやりとりをしながら、言葉を交わす。
桜は通っている高校の交換留学生として、外国に渡ることになっているらしい。母が亡くなる前から決まっていたのだそうだ。母も、楽しみにしていたのだと。
奨学生として高校に入ったという彼女に、学業を適当にこなしていた身としては、一生頭が上がらない。
彼女は今までの人生の大半を、きっと母のために生きてきたんだと思う。
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