3 冬馬

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 母が亡くなった今も、変わらず母のために生きている。これからもずっと――。  今後の生活の援助を申し出たが、桜は公的な補助と事故の慰謝料でなんとかなると言った。だがそこは、夏樹がきちんと仕送りをすることになっている。 「向こうに着いたら連絡して。なにかあったらすぐ帰ってこいよ」  そう言って、すっかりなまってしまった腕を振るう。 「なんか、お母さんみたい」  こちらが投げたボールをキャッチして、照れくさそうに笑顔を見せた。 「お父さんにも……ありがとうって言っておいて」  お父さん。桜は自然とその単語を口にしていたが、どうも夏樹の前では面と向かって呼べないらしい。  あんなに嫌いと言っていたのに、ほんのり頬を染めているのはどういうことなのか。悔しいから、夏樹には教えてやらない。 「父さんはどうでもいい。連絡は俺に入れて」 「あはは! 保護者風、吹かせちゃって! ……兄貴も、元気でね!」  抜き打ちの投球に、ボールを取り落としてしまった。  今、兄貴って。兄だと思ってくれているのだろうか。  嬉しかった。言葉に嘘はない。いつでも頼ってほしい。
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