椿

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椿

ジーワジーワと蝉がナク。 私はそれを木の下から眺めていた。 「君たちは1週間の命なんだってね、私はもうずっと長く生きることになる。おそらく80年はこの先生きてる。どうだろう。寿命を取り替えっこしないかい?」 叶わない願いだとしても私は蝉に願わずにはいられなかった。 私はまだ12歳。 人生を儚むには早すぎる年だろう。 だが私は蝉のように太く短い生に憧れを抱かずにはいられなかった。 今日もお母さんもお父さんも仕事でいない。 毎日自分で鍵を開けて家に入り、宿題をした後にはゲームやYouTubeを見てすごす。 私は他人に興味がないから友達もいない。 夜ご飯は宅食のまずい弁当。 そのほとんどは口に合わずこっそりゴミ箱に捨てていた。 そんなことに気がついていただろうが、両親は一人娘の私に全く興味が無いのだろう。叱られることもなく見なかったことにされていた。 原因があるのだ。 最初からこうだったわけではない。 幼い頃は両親は私に優しく、暖かい家庭の見本のような家庭だったのだ。 毎日手作りのご飯とおやつ。 休日には家族で色々な場所に出かけた。 そんな幸せな日はある日あっさりと終わりをつげる。 母が流産して弟になるはずだった命が消えたのだ。 不幸な事故だった。 私が歩道橋から足を滑らせて転落しそうになった時、母が私を庇ってお腹をひどく打ちつけ、母のお腹周りは水のようなもので夏の乾いた地面が濡れていた。 その水の上に1匹のセミがポトリと落ちるとジジジと鳴いてうごかなくなった。 すぐに病院に運ばれたが母の中で息づいていた命は散ってしまって残ったのは手のひらに収まるくらいの幼すぎる身体だけ。 母は私を責めなかった。 だがそれから母は私を見なくなった。 父も母と同じく私を見ようとしなかった。 家の中で私は透明人間。 かろうじて生きていくのに必要な食事や衣服などは与えられていたから生きている。 だけどどうしようもない虚無感がいつも私の心の中で渦巻いていた。
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