交換

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椿は海を見ていた。 その横顔は海に溶けて消えそうな泡のような雰囲気を醸し出していた。 先程たくさん泣いたからだろう瞼は腫れぼったく、目は赤く充血している。 パジャマを着て帽子を被り、病人然としているのに元気な子供がもつ印象が強いリコーダーを握る手が異常に細くてそのチグハグさが私の胸を締めつけた。 「椿、リコーダー貸してあげる。しばらく学校で使わないから」 私は嘘をついた。 本当は週に1〜2度はリコーダーが必要になるのだが、今は元気の証となるリコーダーを椿に持っていて欲しかったのだ。 「ありがとう桜、これで時々練習してもいい?」 私は何度も頷いた。 (これで椿は繋がった) 何と?それは私にはよくわからなかったけど、確かにそう思った。 「桜、このリコーダーを吹くと僕は生きてるぞって世界に叫んでるような気がするんだ。いつも僕を連れて行こうとする世界に、まだ僕は生きているんだって、叫んでいるような気がするんだ。勇気がわいてくるんだ」 椿はそう言うとまたリコーダーを構えてピーッとひと吹きした。
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