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「純花さんめちゃめちゃキレてたな……」
部活の仲間たちとの打ち上げを終えての帰り道、乙女は大会を思い返して独り言ちた。
おなじ高みを目指して競い合うライバルとして乙女は純花を尊敬していたし仲良くなりたいと真剣に思っている。
けれども昨年二連覇を阻んでしまったのが棘として非常に深く刺さっているらしく、今回だけでなく他の地方大会や合同合宿などで顔を合わせて声をかけても素っ気ないどころか「話しかけて来るな」と言わんばかりの態度を取られ、自他共に認める前向きメンタルの乙女をもってしてもさすがに話しかけ続けるのを諦めたほどだ。
「あーあ、難しいなー」
溜息と共に陽の傾いた空を見上げると、そこにはずんぐりとした蜂のようなぬいぐるみが飛んでいた。
むしろ飛んで来ていた。乙女の顔目掛けて一直線だ。
「びいいいいいいっ」
なんなら奇声まで発している。
乙女は目を丸くしながらも一息で集中し、微塵の淀みもない動作で目前へと迫ったぬいぐるみの脳天へ手刀を打ち下ろし撃墜した。
「あぎょえっ……ひ、酷いびい……」
「喋った!?」
地面に転がって目を回しながら抗議するぬいぐるみに乙女が驚きの声を上げる。
「びいをなんだと思ってるびい」
「えっと……喋るぬいぐるみ? それか……ワンチャン虫って可能性も」
「びいはぬいぐるみでも虫でもないびい……っと、それより大変なんだびい!」
「オレ的にはびい、って名前? のなんかよくわかんないものが喋ってるより大変なことってちょっと無いんだけど」
「乙女はオレっ娘なんだびい?」
「教えてないのに名前知られているのキモい……あとその言い方もちょっとキモいよ。ダブルでキモい」
乙女のなかでびいと名乗ったそれの評価が「なんかよくわかんないもの」から「なんかキモいストーカー」に昇格した。
「びいはさっきの殴り合い大会を見てたんだびい! 乙女、びいを助けて欲しいびい!」
「殴り合い大会……ギリギリ間違ってないけど。うーん」
乙女はとても迷っていた。
人語を操るマスコットめいたビジュアルの存在に助けを求められるというのは、男子ならず女子であっても心ときめくシチュエーションなのは間違いない。むしろ変身ヒロインなら定番の導入だ。
けれども現実にそれが起こってみると、自分の知識では分類し切れない奇怪な存在から理解を越えた事情でアプローチを受けて怖いとしか言いようがなかった。
しかしたっぷり数秒迷った乙女は結局ときめきと好奇心に抗い切れず「とりあえず話だけね」と妥協じみた答えを返す。
「はーあっ! 判断が遅え! 遅えよなあ!」
え、前向きな返事したのにそんな言い方する!? と乙女が目を見開いたが、しかし声の主はびいではなかった。
視線を向けるとそこには赤茶色と黒で彩られたやはりずんぐりとした蜂のようなモノが浮いていた。そして……。
「純花さん!?」
その横に並ぶように、眉間に深い皺を刻んだ茨野純花の姿があった。
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