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「よう働き蜂!」
「お、お前はワスプ!」
「おうよ、ディボウスキー様が一の子分ワスプ様だ! お前の相棒はそいつでいいのか? まあ良くても悪くてもどうせお前はここで終わりだがよお!」
「うるさいびい! びいの選んだ子に間違いは無いびい!」
横で見ているとどっちもどっちという気もするが、蜜蜂のような模様のびいに比べるとワスプと呼ばれた相手は色合いも模様も禍々しい。
「まだやるとは言ってないんだけどなあ……あれ友だち?」
乙女の問いかけにびいが目を剥いて首を横に振る。
「友だちだなんてとんでもないびい! あれは女王様の治めてるフラワー王国を乗っ取ろうとしてる悪い奴の手先だびい!」
「悪い奴なんだ?」
「どうでもいいわ」
乙女の問いにびいが答えるより早く口を挟んだのは純花だった。
静かにゆっくりと、けれども聞いた者全てを呪わんばかりに重く吐き出されたその声には、場にいるワスプをも含めた全員を一瞬で黙らせる迫力が篭っている。
「知らないどこかの権力争いなんて興味ない。私は金岡乙女を倒す力を得られると聞いて協力してるだけ」
「オレを、倒す力? そんな借り物の力なんかなくたって純花さんなら」
「う る さ い ! きれいごとをぉ! 言うなあ!」
練習試合で勝った、稽古で一本取った、といったことなら純花にも何度もあった。けれども初めて出会った一年前から、大小問わず公式大会では一度も乙女より上の順位を収めたことがないのも事実で、それは酷く彼女の精神を蝕んでいた。
純花とて決して本番に弱いわけではない。一年生で全国優勝を成し遂げたほどだし昨年今年も決勝まで勝ち進んでいる。
ただ、乙女の本番に対する強さが異常なのだ。
「今度こそ負けない」
差し出した右手の指先には円錐の底面同士をくっつけた形状の深い緑の宝石が摘ままれていた。
「ソーンシード、開花せよ」
その宝石が、純花の全身が、輝きを放ち弾ける。生まれたままの輪郭だけを保った輝く純花へ向けて弾けた輝きが集まり、瞬く間に手を、足を、身体を包んで黒を基調としたタイトであり、棘を意識した鋭角的な装飾のある衣装へと変じた。
髪は純白のエアリーボブに漆黒のブーケを思わせる髪留めがついている。
「開花終了。魔法少女ソーンローザ推参」
激情を飲み込み冷たく光るその瞳が乙女を見据える。
「この髪を、染めて真紅に……鮮血で」
物騒な台詞と共に指を突き付けられた乙女の瞳には不安も恐れも無く、ただ驚きと高揚に溢れていた。
「魔法少女……へ、変身したっ。ホンモノ!?」
「試してみればいいわ」
言うや否や純花改めソーンローザが数メートルもの距離を一瞬で詰め大振りの拳を放った。
それはあまりに速く、そして鋭い。
だが空手家の乙女にとってそれはただ雑な大振りでしかない。最小の動きで躱しながら懐へ滑り込んでカウンターの肘鉄を決める。
しかし本来あるべき手応えは返ってこなかった。まるでクッションにでも飛び込んだよう。そしてローザの踏み込みは速さ相応に力強い。攻撃を躱されカウンターを受けてなお一方的に乙女を弾き飛ばす。
「な、なに今のっ」
「だめだびい! 変身した魔法少女はハニーフォースに全身を包まれていて物理攻撃はほとんど効果ないんだびい!」
「なにそれ無敵じゃん!?」
「魔法少女を倒せるのはおなじハニーフォースを操る魔法少女だけなんだびい! だから乙女も変身を」
「させないわ」
変身を促そうとしたびいの言葉に割り込むようにローザが乙女に回し蹴りを放つ。ここは膝で受け、そのまま軸足の膝を下段蹴りで狙う。頭のなかで一瞬で組み立てて、ふと先ほどの肘鉄が脳裏を過る。
あれを受けるなんて、本当に出来るの?
ざわりと背筋に悪寒が走った瞬間にはもう回し蹴りが膝に当たっていた。
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