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“受けて反撃を行う”という本来あるべき動作を捨て、乙女は押された棒が倒れるように限界まで抵抗を殺して地面に転がった。ローザも不自然な手応えの無さを感じただろう。だからこそ追撃よりも早く、蹴られた勢いも利用して乙女は前のめりに走り出す。
「ふ、は、は……逃げるばかりね金岡乙女。いい気味、いいザマよ。でも逃がさない」
ローザの嘲りを背中に受けながら目の前の角を曲がったところでびいが乙女に追い付いてきた。見た目に寄らずなかなかの速度だ。
「ナイス判断だびい! あれを受けてたら乙女の骨はポテチみたいに砕けてたびい!」
「例えがエグい! でも実際そうだよね。で、どうしたらいいんだっけ!?」
「乙女も魔法少女に変身するんだびい!」
「オレが!?」
びいは驚きに目を見開く乙女にピンク色の卵のような形状の宝石を差し出した。
「このフラワーシードがあれば」
「させないと言ったわ」
言いかけたびいが追い付いて来たローザの黒いヒールに蹴り飛ばされて恐ろしい勢いで壁に叩きつけられた。反動でフラワーシードが真上に跳ね上がる。
「こいつが無ければもうあんたはお終いよ、金岡乙女」
「そんな……」
刹那、乙女は迷う。
狭い路地で落下地点に身構えるローザ。フラワーシードがあれば対抗できるかもしれないが、そのためにはまず生身で彼女と競り合って落ちて来るフラワーシードを手にしなくてはいけない。
逆に、落ちて来るまでローザは動かないはずだ。その間に少しでも逃げれば距離を稼げる。目立つところまで逃げれば彼女だって無理な攻撃はしないのではないだろうか。
状況が落ち着けばなにか打開策が見つかるかもしれない。ここは逃げるべきだ。
……そこに倒れているびいを見捨てて?
びいのことは正直今でもちょっと、いやかなりキモい謎の生き物だと思っている。けれども、それでも無闇に暴力を振るわれて良いとは乙女には思えなかった。それをしたのがソーンローザ、純花なら尚更だ。空手はそんなことのために使うものじゃない。
それ以上に乙女には確固たる確信がある。
“魔法少女は諦めない”
乙女はローザに背を向けて低く構える。
「それが賢い選択ね。またほんの少しの時間稼ぎでしか無いけれど」
またしても彼女の嘲る声を背に受けながら、再び弾けるように走り出す。
ただし今度は逃げる為ではない。今まさにそれに成るか否かという自分がその確信に背くなど出来ようはずがないのだから。
全速力で電柱へ、微かな凹凸を足場に垂直に三歩駆け上がり四歩目で大きく仰け反りながら全身を蹴り出す。目標はローザの頭上。
「なっ!?」
圧倒的戦力差ゆえに待ちに徹していたローザは完全に虚を突かれた。頭上1メートルほどのところで半ば水平に跳びながら空中でフラワーシードを掴み取る乙女に反応出来ない。
トンボを切って着地した乙女が握りしめた宝石を掲げて叫ぶ。
「フラワーシード、開花せよ!」
その宝石が、乙女の全身が、輝きを放ち弾ける。
けれどもまだ変身はこれからだ。
「こうなったら変身前に潰すまでっ!」
「止めろ! 変身に近付くんじゃねえ!」
変身の隙を突こうとしたローザを諫めたのは、彼女を魔法少女へといざなったワスプだった。
「はあ? まさか変身中に攻撃はマナー違反とか眠たいこと言うんじゃないでしょうね」
今にも制止を無視して飛び掛かりそうなローザにワスプは深刻な顔で首を横に振る。
「あれはな! シードを核にして術者の全ハニーフォースを爆発変性させる儀式なんだよ! 輝きの内側は破壊と創造の嵐、どんな攻撃も吸収され変身の糧にされちまう……それどころか、最悪お前自身が取り込まれちまうぜ!」
「なによそれ。見てるしかないってこと?」
「だから変身前にシードを奪いたかったんだがな!」
そうしている間にも生まれたままの輪郭だけを保った輝く乙女へ向けて弾けた輝きが集まり、瞬く間に手を、足を、身体を包んで赤を基調としふんわりとした、花びらを意識した柔らかな装飾のある衣装へと変じた。
髪もまた薄桃色でボリュームのあるロングヘアに若緑の大きなリボンがついている。
「開花完遂! 魔法少女フラワーカメリア参上!」
信念を宿し高揚に煌めくその瞳がソーンローザを見据える。
「この力、愛に捧ぐわ、迷いなく!」
まるで静と動。二極化しつつも対等の力を得たふたりが対峙する。
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