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文系か理系か、もしくは文理のクラスか、私の通っていた高校では、二年のクラス替え時には選択しなければなかった。
そのおかげで三年次は持ち上がりクラスで、私たちはなんの障害もなくまた同じクラスであり続けることができていた。
私とあなたが隣りの席になったのは二年間の内で、あの一度きり。
縁が遠くなるだろう。
密かに諦念していた。
しかしあなたは私のなにをそんなにも気に入ってくれたのか、席が離れても昼休みには弁当を囲む仲間に、私を迎え入れてくれたのだ。
あなたの隣へ並ぶにふさわしい、派手な仲間のなかへ。
そうして私は三年が終わる頃には、あなたに恥をかかせてはいけないという強い思いもあり、あなたの仲間としてそれなりに擬態できるような身なりを心掛けるようになっていった。
あなたは「無理しなくていいのに」なんて笑いながら、小人と巨人くらい大袈裟な身長差のある私の頭を優しく撫でてくれた。
大きくて温かい手。
安っぽいシトラスの匂いが、私の鼻に滲んだ。
うれしかった。
甘酸っぱかった。
苦しかった。
男女共学なので、ちょっと顔がよくて派手で優しいあなたの隣には、弁当の包みを拡げるときには、いつも明るい女の子が傍にいたからだ。
彼女、という名の。
俺の彼女よりも小っちゃいなあ、なんて言われながら頭を撫でられるのは苦しくもあった。
けれど撫でられるとやっぱり嬉しくて、泣きそうになった。
こういう気持ちをなんて呼ぶのだろう。
情緒不安定な私はそのあと、偶然を装ってあなたと同じ大学へ入学した。
彼女のいるあなたは嬉しいなあ、なんて眩い歯をきらめかせて笑って、私の思惑などまるで一ミクロンも気がついた様子はなかった。
だから私は利用したのだ。
あなたが笑ってくれたからと自分のなかで大義名分を与えて、図々しくあなたの傍へと居続けるきっかけを。
安価なシトラスが、やがて洒脱な外資ブランドのシトラスへ俯香するほど、いい男ぶりに磨きがかかって、うっかり胸が早鐘を打つのも知らないふりしながら。
やがて私は遅咲きの成長期を迎えた。
あなたに頭を撫でてもらえないほど、ぐんと背が伸びてしまったのだ。
番狂わせだった。
頭は撫でてもらえなくなった。
当然だ。
同じくらいの場所に目線があるのだから。
かわいくもなんともなくなってしまった。
あなたに頭を撫でてもらえた頃の私の価値は、そうしてこの世から静かにきえていった。
それどころか、あなたからあなたの隣によくいるような女性を宛がわれるようになってしまった。
いらない。
いらないと心が悲鳴を上げていた。
けれどあなたの傍にいるために、その女性と私は同衾する決断を下す。
いや、未遂だった。
あなたへの想いが募っていくだけで、男としては不能だったのだ。
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