バニラ

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 夢でだけ、会う人がいる。  その人は乳白色の背景の中で唯一色を持ち、あたたかなオレンジ色を纏いながらこちらを振り向く。優しくて、追いかけようとすれば少しだけ距離を置かれ、わたしの二歩前を歩いて散歩でもするかのように乳白色の中を進んでいく。わたしはそれを幾度となく繰り返している。今日でこれが何日目の夢なのかは分からず、数えるのはもう途中でやめてしまった。  この人の名前は分からない。聞こうとすると目が覚めてしまうことに気づいてからは、聞くことをやめた。わたしはただ居心地のよいこの散歩を楽しむようになった。歩いて、足が着地した場所がオレンジ色にぼやける。そういえば昔、どこかに蛍を見に行ったっけ。あの時の静かな川のせせらぎが少しこの夢に似ていて、夢の中でもぼーっとしてしまう。 「ジーンズはゴワゴワになるまで洗ってから履きたいんだ」  その人――彼は、そう告げた。そう、なんとなく「彼」だと分かるその人はいつもこの夢で会う度にひとつだけ自分のことを教えてくれる。最初は好きな色だった。苦手なことや、何学部だったのか、聞いたこともない学者や葉っぱの名前まで教えてくれたこともあった。 「そう」  当たり障りのない返事をして、この日の夢は覚めてしまう。いや、この日だけでなく、いつものことだった。
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