私のアイドル

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 胸が高鳴る。  何で湊はアイドルを辞めろなんて言ったんだっけ。  美来は分からなくなった。  あの時、美来は自分の耳と心を塞いでいた。  嫌なことを言われて、これ以上聞きたくないと思ってしまったから。  何も理解したくなかった。  けれども、湊は何か大切なことを言っていたはずだ。 「愛してる!」  誰かが叫んだ。美来は思わず彼女を探して見た。隣の人も、隣の人も、顔が見えなくなるほど遠くの人も、みんな同じ目をしていた。  悲しんでいる人なんて一人もいない。ここには、誰も。 「ありがとう、みんな!」  ステージの五人がそれぞれのゴンドラに乗って高い席にいるファンにも一人一人感謝するように手を振っている。 『アイドルだったら、君は』 「みんな、大好きだよ!」  加瀬くんが叫んだ。  限界まで踊って、歌って、それでも彼らは疲れない。  ずっと笑顔でいる。 『アイドルだったら、君はファンと向き合うべきだ』  ファンと向き合う。  手を振り続け、声を出し続け、ファンと向き合う。 『俺たちはファンがいてこそステージに立てている。その感謝を忘れるべきじゃない』  ファンからの声援を受けて、彼らは無限に羽ばたいていく。  だから感謝する。還元する。  愛を捧げる。  幸福のメカニズム。  彼らはみんなを幸せにすることしか、考えていない。  それがINFINITYの形。  それが、アイドル。    美来の中で、何かが見えそうな気がした。それは自分のためにしか頑張っていなかった美来がずっと気づかずにいた境地だった。  あの時、湊が美来に伝えたかったのはこのことなのかもしれない。  美来の胸が圧迫された。    ずっと見てきたはずなのに。  この光景を、美来(わたし)はずっと愛していたはずなのに。  どうして私は、こんなふうになれなかったんだろう。  ファンと向き合って、ひとつになろうとしなかったんだろう。  彼らにこんなにも愛されていたことに、どうして気づかなかったんだろう。  その時、美来のスマホがポケットの中で振動した。  とうとう約束の時が来たのだと美来は悟った。  
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