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「いや……やめてってば! なに勝手なこと言ってんの!」
美来は声を荒げた。何度も打ち間違えながらやめてと訴えてみるが、彼からの返信は来ない。おそらくもう湊に向かって動いているのだろう。
ダメだ。そんなこと、絶対にさせたくない。
スマホを睨みつけ、美来は発狂しそうになった。
「誰か……! 誰か、助けて!」
美来は近くにいたスタッフらしいTシャツを着た人を捕まえて、声をかけた。
「あの、今日急にここのバイトに入った人知りませんか⁉︎」
「は? そんなの、いっぱいいるので分かりません」
スタッフは目を白黒させていたが、美来の顔を見て、あれ? という顔をする。
「あなた、もしかして……樋口美来さんですか?」
美来はぎくっとした。
「いえ、違います……」
「ちょっと待ってください」
スタッフは慌ててどこかに連絡しようとする。警備員だろうか。捕まったら美来はまた警備室に閉じ込められてしまう。その間に彼が自殺を実行してしまうかもしれない。
美来はスタッフから逃げ出した。
「あっ、待て! 樋口美来だ! 樋口美来がいるぞ!」
背中に浴びせられる大声から全力で逃げながら、美来は泣いていた。
どうしよう。
彼が死ぬのを阻止しなくてはいけないのに、どこへ行ったらいいのか分からない。
誰か。
誰か助けて。
このことを湊に伝えられる人は、誰かいないの⁉︎
激しく動く視界の中で、美来は『スタッフ用入口』と書かれた扉を見つけた。捕まるのは時間の問題なのを覚悟して中に飛び込む。
辺りは真っ暗だった。下へと続く階段がある。
まだこんな大きな舞台ではライブをした経験はないが、ステージの下に行けば着替えや移動のアシスタントをするスタッフがいるはずだと思いつく。
そうだ、とそのとき彼女はようやく頭を上げた。
あの子がいる。
大阪まで一緒に来た湊のヘアメイク。
名前は確か、雨宮ひより。
美来は暗闇でスマホを開いた。無視し続けていた彼女からのメッセージも届いている。
『今、どこにいますか? 湊さんも心配しています。どうかご連絡ください』
ひよりはそのメッセージに自分の携帯番号を貼り付けていた。
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