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「ちょっと、待ってください!」
私は電話に出る前に目の前の男の人に声をかけた。
彼は振り向かなかったけど、私の声に動揺したのか立ち止まった。
「あなたは誰ですか? 湊さんの着替えチームの人じゃないですよね」
ドキドキする。
湊さんが装置の中から出てきて、こっちを見た。彼の目が驚きを孕む。私と湊さんの間に挟まれたその人は、他のスタッフの注目も集めた。蜘蛛の巣にかかった獲物のように彼は動かなくなった。
私はそっと左に移動して、彼の左手に握られているものを見た。
それはカッターナイフだった。
恐怖で足がすくむ。
この人だ。
一人多かったスタッフは。
そして今、何故か湊さんを狙っている。多分、美来さんの指示で何かしようとしているのは間違いない。
美来さんの目的は自殺から、何か変更があったのかもしれない。
だからこの人が代わりに来たんだ。
怯えている場合じゃない。動き出さないと大変なことになる。
「あ、あの……落ち着いて、ください。落ち着いて、私と話をしませんか……?」
湊さんからこの人を遠ざけないといけない。そう思って、私は恐る恐る声をかけた。
その時だった。
突然彼が振り向き、私を捕まえた。
「きゃあっ!」
「ひより!」
「動かないでください!」
彼は私を背後から抱きしめるような形で拘束し、刃の出ていないカッターナイフを頬に当てた。
湊が前に出ようとしたのを牽制しようとしたのかもしれない。
「その子を放してくれ」
湊が緊迫感のある表情で私の背後にいる男を見つめた。
「頼むよ。その子だけは傷つけないで」
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