273人が本棚に入れています
本棚に追加
私は祈るように湊を見つめた。
ここでは誰も悲しませたりしない。全員幸せにすると言った湊は、彼のことも救えるのだろうか。
救ってほしい。
……でも。
「……ごめんね」
湊がポツリと呟いた。
「君の最後の頼みだけど、俺には聞いてあげられそうもない。やっぱりその言葉は君が樋口さんに伝えるべきだと思う」
「そうですか……残念です」
彼が諦めたように笑って、首に当てたカッターの刃を出そうとした。
やっぱり止められないの……?
私の心臓がキュッと縮んだ、その時だった。
天井の上から、優しい歌声が聞こえてきた。
なんて綺麗な声だろう。
一音目から惹きつけられる。
正確な音程の美しさと、聞いているだけで微笑みを浮かべたくなるような前向きな歌詞。
穏やかで、あたたかい。
すべてを包み込んで浄化させてしまうような、包容力のある歌声。
この人の歌声は天から愛されている。
上でざわめいていた歓声はピタッと止まった。
みんな静まり返ってその声に耳を傾けている光景が目に浮かぶようだった。
「この曲……」
スタッフのみんなも顔を上げて空から落ちてくる光を拾うような顔つきになる。
私だけが知らないみたいだ。いや、あと、もう一人。
「誰の歌ですか……?」
マスクの男が戸惑う。
「やっぱりすごいな、あいつの歌は。俺には敵わない」
湊がボソッと呟く。
鈍い私は、その時ようやく彼のことを思い出した。ハヤシライスの味とともに、湊が話してくれたことを。
湊が、自分よりもセンターにふさわしいと思っていた人。
──あの子がもしも生きていたら……あなたたちと一緒にドームに立っていたかしらね。
あの時の、おばさんの顔。
この歌声こそ、六人目のINFINITYメンバーの──。
「おかえり、柊」
湊が上をむいて哀しく微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!