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彼は震える手で私のスマホを受け取り、通話アイコンをタッチした。
「もしもし……」
消え入りそうな声で彼が話し始める。
「美来ちゃん……おれ……」
「何を言っとるか聞こえへん」
松浦さんが近づいてきて、彼からスマホを奪い、勝手にスピーカーアイコンをタッチして彼に戻した。
すると。
『あんた、なに勝手なことしてんのよ!!』
美来さんの怒った声がスピーカーから飛び出してきた。
命をかけて美来さんの身代わりになろうとした人に、彼女からの残酷な罵倒が来てしまうのかと思って心臓がキュッとなった時だった。
『生きてんの……っ⁉︎ ねえ! 怪我してない⁉︎ 大丈夫⁉︎』
全力で彼を心配する声が聞こえた。
『何なのあんた、勝手なことしないで……! 勝手にいなくならないでよ! 私のファンなんでしょ⁉︎ だったらずっと応援してよ! 勝手に消えていかないでよ!』
美来さんは怒りながら泣いていた。
昔、遊園地でお母さんと繋いでいた手を離して迷子になりそうになった時、同じテンションで叱られたことを思い出した。
愛しているから、必死なんだ。
離れてほしくないんだ。大切な人とは。
どんな人でも、手を繋いで欲しい人に手を離されたら悲しい。
親子でも、恋人でも、アイドルとファンでも。
「美来ちゃん……ごめん……。おれ、美来ちゃんのアイドル姿、もう一回見たい」
彼はマスクを外して、涙を拭った。
「ずっと応援するからさ……また頑張る姿、見せてくれないかな……?」
古城湊のためじゃなく、ファンのために。
樋口美来さんは「うん」と言った。
『頑張る。だからあんたも生きててよ……私の大切なファンなんだから』
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