白黒の恋人

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僕は手に持っていた本を置き、ノートを開いた。 1ページ目から、丁寧なその文字は並んでいた。 私は、記憶に残れないかもしれないから。今日から日記を書くことにしました。 好きな人が出来て、この人には忘れられたくないと思ってしまったからです。私がちゃんと残れるのは、きっと文字だけだから。 夜に生きた私の祖先は、写真には写れないみたいだからね。私の顔は何処にも残らないんだろうな。 太陽の光を克服なんてしなくていいから、写真として、残る形として私を世界にとどめてみたかった。 彼が私を忘れないことを願うばかりです。 日記、三日坊主にならないように頑張らないとね(笑) 「彼」とは、僕のことだろうか。 パラパラとページをめくると、どこどこに行って、何を買ったとか、食べたとか。 他愛のない日常が楽しげな文章で書かれていた。 そんな日記を見た途端にどこからともなくやってきた悲しみが僕を襲った。 分からない、分からないけれど、潰れてしまうほどに悲しい気持ちが僕を覆う。 、吸血鬼の血を継いだ人ではない者。 ファンタジーのようなその存在は、ずっと昔から僕らと共に生きていた。 僕らに溶け込んでに生きている彼らは、言われなければ分からない。 しかし、彼らはどう足掻いても人間ではなかった。生き物の記憶の中に、生きることが出来ないのだ。他の生き物と時間を共有することが出来ないのだ。 自身の時間しか持たない彼らは、何処にも残れない。 それが、どういう意味かハッキリとは理解していなかった。けれど今の僕の状況が、その言葉の意味なのだろう。 名前もわからない、僕の大事な人。 忘れてはいけない、忘れてしまう人。 なんて、残酷なのだろう。 そうだ、あのときの僕はずっと一緒にいれば良いんだと彼女に言ったんだ。君を決して忘れないと。 なのに、僕は。 「……、あ」 ギュッと喉を締め付けられるような感覚に陥っていた僕はふと、顔を上げる。 そっとノートを閉じて、表紙を見た。 温かくなる彼女の絵。僕の想像が間違いではなく、本当に一緒に絵を描いたことがあるのだとしたら。 僕はいつの間にか溢れていた涙を拭い、弾き出されるように部屋を出た。 消えてしまいそうな記憶を追いかけるように、逃さないように、忘れないように、僕は急いで走った。 彼女の後ろ姿は、見えない。いくら追いかけても彼女には追いつけない。 追いかけても、追いかけても、その記憶は既にないのだろうか。思い出せないのだろうか。 僕には手が届かないのだろうか。 そんな訳はない。そうであってはいけない。僕は彼女と約束したのだ。 決して忘れない、と。
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