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自宅についた僕は、そのままの勢いで棚にしまわれたスケッチブックを引っ張り出す。
バラバラと、絵の具を含んでいたりして重くなったページを捲っていく。
青空、道端の花、犬、花束、何処かの家、パラパラとページは変わっていく。
色がついたもの、ついていないもの。パラパラパラ……。
「あ……」
可愛らしい小型犬のあとのページ、僕が追いかけようとした笑顔があった。
鉛筆で描かれたそのデッサンは、こちらを見て笑う女性の姿だった。
あぁ、この人だ。僕が見失ってしまっていた人は。
幼い笑顔、少し長い真っ黒な髪、長いまつ毛、こちらへ向けて自然な笑顔を向けるその姿。
忘れないで、と僕に言った愛する人。
忘れてはいけない、大好きな笑顔。
ページを捲るたびに、彼女の笑顔が広がる。
初めは、鏡に映らない彼女が自身の顔を見たいと言って描いた彼女の絵。
次第に、写真を撮るように事あるごとに描き残すようになった思い出達。
詳しいことは分からないが、彼女は予想していたのかもしれない。鏡にうつれない自分が、いつか不注意で事故に巻き込まれるかもしれないと。
車のミラーに映らない彼女は、バックをしている運転手からは見えない。
鉛筆で描かれた彼女は、どのページを見ても僕に笑顔を向けていた。
この時間は、僕と彼女の二人の時間だったはずだ。彼女だけの時間ではなかったはずだ。
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