涙川が満ちるとき

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 ――そうして、八ヶ月後。  私は無事第一志望の大学に合格し、四月からは晴れて大学生になることが決まった。  学校では友人たちとお互いの健闘を讃え合い、卒業したら服を買いに行こうなどと約束をした。  塾にも合格の報告と今までお世話になった感謝を告げた。ちょうど、同じタイミングで報告に来ていた塾のクラスの子と「最後だねぇ」となんとなくぶらぶらとあてもなく歩き回り、夕方には駅前で別れた。  時間的にはこのまままっすぐ家に帰るのが良いのはわかっていたのだが、私はどうにも帰る気持ちになれなくて。気付けば、私の足は家とは反対方向の電車に乗っていて、沙由梨が飛び降りた橋を訪れていた。 「ねぇ、沙由梨。私、あの大学に受かったんだよ。二人で一緒に行こうって話してた大学に」  語りかけても、返ってくる声はない。この時間帯は帰宅の途についている人も多いけど、橋の欄干に手をかけて、川を眺めながら一人ぶつぶつと呟く私もその一人にしか見えないだろう。  新天地で、私はうまくやっていけるのか。冷たい空気と、煌々と輝く月が一層寂しさを募らせる。 「あの日は確か、雨だったっけ……」  さらさらと優しく降る小雨なんかじゃなく、ざぁざぁと地面に叩きつけるような大雨。あの日は塾が休みで自室で勉強をしていたけれど、雨音がうるさくてあまり集中できなかったことを覚えている。  川は大雨によって平時より増水し、流れも速くなっていたのは想像するに難くない。今のように穏やかなものであったなら、大怪我は免れなくても命まで連れていくことはなかっただろうか。いくら考えても、私にはわからない。  そこにたらればなどは存在するわけもなく、あるのはただ沙由梨が身を投げたという事実と、私が沙由梨と通学する日は永遠に来ないという事実だけ。 「うぅ……うっ……」  あの日蓋をした感情が、あの日置いてけぼりにした気持ちが今、私の胸を締め付けた。  目から溢れる涙は波のように、私の指をすり抜けて橋の下へと落ちていく。  どうせ川の一部になるのなら、いっそのこと私の涙が雨となって降ってしまえばいいのに。止まる気配を見せない涙が雨となったら、この穏やかな川は一瞬で表情を変えるのに。  涙よ、激しい雨に姿を変え、大地に降り給え。  川よ、涙雨によって水嵩を増し、渡り川となり給え。  そして、私を沙由梨の元へ連れていって。
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