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 許せない……っ!  どうして七緒と加瀬じゃないのよ!  電車の中、吉野(よしの)春子(はるこ)はスマートフォンを握りしめ、ふつふつと怒りを滾らせていた。  膝に乗せたエコバッグからは長ネギがひょいと顔をだし、春子の前に立っている高校生が迷惑そうな顔をしている。揺れるたびに長ネギが腹の部分に当たるのだ。だが、夕方の混み合う車内では移動もままならない。高校生は諦めたように小さくため息をついた。  そんなティーンエイジャーの迷惑などものともせず、春子は鬼の形相でスマートフォンを操作している。独身で一人暮らしの春子の唯一の楽しみ──それは小説投稿サイト『スター☆ノベル』で連載されているBL小説を読むことだった。  春子が夢中になっている『ローズボーイの憂鬱』は、昨今のポップなBL小説とは違い、昔懐かしい耽美系だ。とかく美しい青年がでてきて禁断の恋におち、山あり谷ありの波乱万丈な人生を送りつつ愛する人と結ばれる。主人公の石田(いしだ)七緒(ななお)は、薔薇の咲き乱れる洋館に住むミステリアスなキャラクターで、そんな七緒の世話をしているのが執事の加瀬(かせ)優大(ゆうだい)である。
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