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第十話 暗い記憶
三人は町を抜け出し、再び森へと入っていく。森の奥深く、魔獣が跋扈しているような所にまで至り、そこでようやく休息を取る。
「流石に奴等もここまでは来ないか……?」
複数体の魔獣は、自分達への危険性もある反面、敵から身を守る為の壁にもなる。古来より伝わる、魔術を使えない人間が唯一魔術師に対抗する為の術である。
「帝国の兵士と、俺達を襲ってくる魔獣がいないか見張っている。明日は未明に侵入を試みるから、今のうちに休んでおけ」
「了解ですダスさん」
そうやり取りし、ダスは跳躍して木の枝に上り、別の木の枝へと跳躍し、森の中に消えていった。
「ポン君も、今日は疲れたでしょ? 今のうちに寝よう」
「……お前、大丈夫か?」
先程の彼女の姿が、ポンの脳裏に浮かぶ。魔術で痛みや毒を消すことができるとはいえ、それはそれとして心配してしまう。
「うん、大丈夫。さっきのことでしょ? わたしはそんなことしかできないからね」
ミーリィは特に気にしていない風に笑う——普通なら、恐怖心を抱いてしまう状況なのに。
「さっ、寝よう! お父さんとお母さんを助ける為には、ちゃんと休まないとね!」
そう言ってミーリィは大きな鞄から薄い布団を取り出し、ポンに渡す。
「ふかふかじゃないのは、ごめんね」
苦笑いして彼女はそう付け加えた。
無数の兵士が迫ってくる。倒しても倒しても数が減っていることを感じさせない軍勢が、たった三人の家族を捕らえようと迫ってくる。
「しつこい連中だ……!」
生粋の魔術師といえど、無数の兵士を長時間相手にしていれば、魔粒の量を管理しなければならず、疲労や傷、痛みなども蓄積していく。それでも三人は抗い、ここまで逃げてきた。しかし——
「……もう、駄目かもしれないな」
「——え、父さん?」
走りながらそう零す父親に、ポンは訝しむ。
「なあ、僕はポン一人だけでも生きて欲しい——君はどう思う?」
「ええ、私もよ」
その言葉にポンは思わず立ち止まり、二人の前に立ちふさがる。
「父さん、母さん、何言ってるんだよ!? 一緒に逃げるんじゃ——」
「ポン」
中腰になり、母は宥めるようにポンの肩を掴んで言う。
「私達三人が一緒に戦えば、皆が捕まってしまう——でも、ポンを逃がして私達二人が足止めをすれば、ポンだけは大丈夫」
「いや——嫌だよ!」
しかしポンは泣き叫ぶ。この非情な現実が、少年の心にはまだ受け入れられない。
「父さんと母さんがいなかったら、おれは誰に頼って、どうやって生きていけばいいんだよ!?」
「……ポン、大丈夫」
しかしそれでも、母は微笑んでポンに言う。
「この世界は辛いことだけじゃない。良いことも、良い人も沢山いる。良い人に拾ってもらって、沢山の良いことを体験して、幸せになるのよ——こんな、無責任な親でごめんね」
「そうだよ無責任だよ! だからずっと一緒にいてよ! そもそもばれたのはおれの責任じゃん! おれも一緒にいないことの方が無責任だよ!」
その言葉に、母は首を横に振る。
「子を守るのが、親の一番の責任だよ」
そう言って、ポンを抱きしめる。父親も、二人を包むように抱きしめる。その誰もが、涙を流していた。
「——それとね、ポン」
抱きしめたまま、母は言う。
「この世界には辛い思いをしている人も沢山いる。だから、そんな人達を助けられるような、誰かを守れるような人になってね——それが私達魔術師が、私達の奇跡が、昔から今までずっとこの世界にある理由だから」
そう言って父と母は、抱きしめていた手を離す。が、ポンはその手を離さない。離してしまったら、もう二度と会えないだろうから。しかし、父と母はその手に触れ、離させてしまう。
ポンの絶望した顔に、しかし父と母は涙を流しつつ微笑んだ。
「ありがとう、そして、ごめんね、ポン——私達の、可愛いポン」
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