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第十四話 別れ
「嘘、でしょ……」
眼前に広がる狂気的な光景に、思わずミーリィは目を伏せる。それでも、切り落された人の頭と腕という光景が、彼女の頭にこびりついて離れず、彼女はえずいてしまう。
「糞野郎が……!」
ダスは怒りの形相でジャレンを睨む。しかし彼はそれをさして意に介していない。
「我ら教団に逆らう人間がいるのであれば、こうなるのは必然です。それに、私は『いる』とは言いましたが、『生きている』とは一言も言っておりません」
彼はあっけらかんと言い放った。その言葉が、さらにダスを刺激する。
「……全く、あちらの二人には呆れたものです。何度燃やしても欲しい情報を吐かず、挙句の果てのは自殺など……どうしてそのような、愚かな真似をしたのやら」
その言葉を聞いて、ポンは思ってしまった。
——父さんと母さんが捕まったのも、燃やされて苦しんだのも、自殺したのも、全部おれのせいだ。
ポンの顔から生気がどんどん失われていく。最早怒りも憎しみも無い。あるのはただただ自分を呪う思いだけである。
「ポン君! しっかりして!」
ミーリィが叫び声を上げるも、その声は届かない。彼は呆然と宙を眺めている。
「さて、取引をしましょうか」
ミーリィとダスを見てジャレンは切り出す。
「貴方達はファレオの人間ですね。彼の身柄を渡せば、貴方達の行為を不問に付し、ファレオの信頼を失墜させるようなこともしません」
そして呆然としているポンの方を見遣り、続ける。
「しかし、貴方達が抵抗をすれば、貴方達をこの場で燃やし、ファレオの信頼も失墜し、最終的には教団か帝国に滅ぼされることになるでしょう。勿論、彼が抵抗した場合も同様です」
この光景と先程のジャレンの発言、そしてこの取引を受けて怒りが頂点に達したミーリィが、感情のままに叫ぶ。
「どうして貴方達はそこまでして彼を求めるの!? そんな酷いことをしてまでゲロムスの魔術師を狙うの!?」
実際、彼女は確かめたかった。教団と帝国の行為が悪なのかどうなのかを。
「……おや、知っていたのですか。いや、彼を匿っているのだから、知っていて当然ですね」
その怒りの叫びに、ジャレンは歓喜するかのような両手を広く掲げて言う。
「この世界の為です! 我らが魔皇ヴィラス・ノルバット曰く、ゲロムスの魔術師の皇族の魔腑があれば、この世界を新たな世界へ導くことができると! 大まかな場所を絞り込むことができ、また場所を知っているゲロムスの魔術師もここにいる! あとは彼に詳細な場所を聞き、ラードグシャ地方の邪魔者共を殺し、皇族の魔腑を切り落とし、そして魔皇ヴィラスに捧げるのです!」
それを聞いたミーリィは納得いかなかった。世界の為を思うのは分かる。しかし、犠牲の上に成り立つ世界などあってはならないと、心の中で拒絶する。ポンや彼の仲間、魔術師を探す為に戦争を吹っ掛けられる人々の犠牲も。
「分かった。だったら——」
「ジャレン」
その言葉がミーリィの言葉を遮る。それを発したのはポンであった。
「ポン君……?」
思わずミーリィが疑問と困惑の入り混じった声を零す。
「…………おれが、お前についていけば、あいつらも、ファレオも、本当に大丈夫なんだろ?」
その言葉に二人は愕然とした。ポンを見つめるジャレンの口角が上がる。
「勿論です」
「分かった……じゃあ、お前についていく」
「ポン君!」
ミーリィの叫びに、ポンは振り向く。彼は涙を流しつつも優しく微笑んでいた。
「行っちゃ駄目! 何されるか分からない! 君も、君の仲間もみんな殺されるかもしれない! 冷静になって!」
両親が自殺して自暴自棄になっていると思い、諭す。しかしその叫びも彼には届かない。
「…………この世界に本当に触れてから、糞みたいな連中にしか会ってこなかった。糞みたいな目にしか遭ってこなかった。でも、会って数日しかない短い関係だったけど、お前達みたいな良い奴もいることも知った。本気で誰かを助けようとしている奴を」
短い関係ではあったものの、彼らの命を賭す姿勢が、悲惨な目に遭ってきた彼の心に深く刺さっていた。
「ポン君!」
飛び出そうとするミーリィを、衛兵や教徒が取り押さえ、床に伏せさせる。同時にダスも伏せさせられ、二人に銃口や槍の穂先が向けられる。
「駄目だよ! 戻ってきて!」
激しい怒りに包まれたミーリィはそう叫んだ。押さえている衛兵や教徒、ポンを連れ去るジャレンを倒したいという思いすら湧き上がる。必死に顔を上げようとするミーリィの横を、ジャレンとポンが通る。
「本気でおれを助けようとしてくれたお前達に、おれができることなんて、これくらいしかない。だから、ミーリィ、ダス——」
顔を上げた二人の視界に、振り向いたポンの顔が映る。涙が零れ、優しくも悲愴に満ちた顔で彼は微笑んでいた。
「——本当に、ありがとうな」
薄暗い場所にいた。この世のどことも言いようがない、無限の広がりを持つような場所。草木も、建物も、海も、何も無い、灰色の世界。しかし、少女の視線の先に、ぼろぼろの服を着た男がいた。少女はそれに近づく。
「……憐れみを捨てろ。慈しみを捨てろ。怒りに燃え上がれ。憎しみに狂え。そして、分からせてやれ——貴様は、この世から消えるべき命なのだと」
「…………おじさん、だれ?」
そこで少女は、何故か泣いていることに気づいた。その男が怖い訳ではないのに。
「……私か? 私は——」
目が覚めると、衛兵や教徒が倒れていることに気づいた。瓦礫も辺りに散らかっている。そしてやけに明るいことにも気づく。見上げると、そこにあったはずの天井が無く、黎明の空が覗いていた。
隣には、盗んだ教団の服を脱いでいたダスが座っていた。心配そうな目でミーリィを見ている。
「ミーリィ、大丈夫か?」
「は、はい……わたし、気を失っていたんですか?」
「ああ、気を失ってたぞ。押さえられていたら急にな。それと、やっぱり俺達のことを殺そうとしたから、全員倒しておいた」
倒れた衛兵や教徒も、撒き散らされた瓦礫も、ぽっかり空いた穴も、全部彼の巨槍と魔術によるものだった。そこでポンのことを思い出す。
「ポン君は!?」
「もうここにはいない——が、列車に乗ってザラオスに向かうって聞き出せた」
この国ガースのあるバイドーグシャ地方と、帝都ザラオスのあるペリーエングシャ地方は隣り合っている。また、元々バイドーグシャ地方の国々は魔術師の奴隷たる人間の居住地であった為、距離も近い。
「ダスさん」
「ああ、分かってる——あんな糞野郎共にポンは渡さない」
ミーリィは立ち上がり、教団の服を脱ぎ捨てる。置いてあった鞄から分解した鉄棍を取り出してくっつけ、背負う。
「行きましょう、ダスさん。ポン君を助けに!」
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