0人が本棚に入れています
本棚に追加
第十六話 奇跡を願うのなら
ジャレンの前に立ち塞がったポンは、彼を睨んで叫ぶ。
「おれがお前についていけば、こいつの命を奪う必要は無いだろ!」
「一度は許しましたが、二度目を許すつもりはありません。教団への反逆は、死に値します」
「——っ! そうかよ! だったら、おれが死んでやるよ! そうしたら、ミーリィを殺す意味も——」
言葉を紡ぎ終える前に、ジャレンに顔を掴まれ、彼の頭の高さまで持ち上げられる。うまく言葉を発することができず、じたばたと暴れる。指の隙間から僅かに見えたジャレンの顔は、怒りと苛立ちに満ちた表情をしていた。
「だったら! 父親と母親と同じように何度も燃やして! 父親と母親が自らそうしたように舌を切って! 本当に殺してやろうか!? いいか! 私達が欲しいのは魔術師の居場所、そして皇族の魔腑! 貴様含め魔術師の命などどうでもいい! 皆殺しにし、教団の糧にすることさえできると覚えておけ!」
怒りの咆哮を上げるジャレンに、攻撃するような彼の言葉に、思わずポンは涙を流す。
「貴様には一旦ここで——」
気づかぬうちに近づいてきたミーリィが、鉄棍を振り下ろす。突然の出来事にジャレンはポンを放り投げて避ける。あまり力の込められていない、重力に従ったかの振り下ろしは、避けることが容易であった。
力の入っていないミーリィは勢いのままに膝をつき、倒れる。鉄棍を使って立ち上がり——しかし、ジャレンに踏みつけられ、再び地に伏してしまった。握っていた鉄棍は蹴り飛ばされてしまう。
「ミーリィ!? 何やってんだよ!? 何で、何でそこまでしておれを助けるんだよ!?」
ポンの本心が口を衝いて出てきた。出会って数日の人間を、己の命を顧みないで助けようとする姿が、やはり彼には理解できない。
「……ポン、君……早く逃げて、ダスさんの方へ……君の命は、誰かのいいように利用されるために……殺されるために、生まれてきたわけじゃない……」
力の無い掠れた声でミーリィは言う。
「大切な、命なんだもん……なのに、こんな辛い思いをして……殺されるかもしれなくて……そんなの、酷すぎるよ……」
ポンはその言葉を聞いて歯を食いしばる。ジャレンは彼女の首を切り落とそうと、剣を掲げる。
「だから……生きて、この世界は本当は素晴らしいんだって……知ってきてね」
そう言い終えた瞬間、ジャレンは剣を振り下ろした。
鉄棍がジャレンの体を打ち、彼はミーリィの首を切り落とすこと無く飛ばされる。
地面に体を打ちつけられ、彼は二転、三転と転がる。痛みに悶えつつ体を上げると、鉄棍を握ったポンが立っていた。
「ポン……君……」
そう言ってポンの方を向くミーリィに、彼は目を合わせた。苛立ちに満ちた表情で、彼は言う。
「……自分の命さえ大切にしないで、何大切な命だの、生きてだの説いてるんだよ」
——誰かを守る為に魔術を使うのなら、奇跡を願うのなら——
「……お前の命も、大切な命だろうが」
——今だ。
鉄棍を握ったまま、ダスはジャレンに立ちはだかる。
「ポン君……駄目だよ……! 死んじゃう……!」
ポンにその声は届かない。しかし、呆然自失として聞こえなかったあの時とは違う。確固たる意志を持っているが故に、届かない。
「その女を殺すなら、まず自分を殺せ……と」
魔術で痛みを消したジャレンが立ち上がり、右腕を突き出す。
「魔皇ヴィラスには申し訳ないが……だったら、ここで二人共殺すまで!」
ヴィラスの腕から、燃え盛る炎が溢れ出す。先程の火柱とは比較にならない程強烈な炎が津波のように襲い掛かり、二人を呑み込んで燃え滓にしようとする。
その激しさにポンは怯んでしまうも、心で自分を奮い立たせ、強固な意志でその恐怖心を打ち消す。
「ポン君!」
「来い、ジャレン! おれはこいつを、ミーリィを、守る——」
そう叫んだ直後、二人は炎の津波に呑み込まれてしまった。一帯は燎原と化し、荒れた海のように炎が燃え盛る。少し経つと、炎は消えた——燃やすものが、無くなってしまったが故に。
この大地を青々と染めていた草木は灰燼となり、黒く焦げた大地が続く。列車の部品や鉄格子は焦げて残り、黒い雪の如き灰が舞い、熱と煙と焦げ臭さが一帯を包む。
「——なっ」
だからこそ、それがはっきりと分かった。まるで先程の瞬間まで切り取られていたかのように自然が残っている部分、そしてそこにいる、ミーリィとポンの姿が。
「な、何故だ!? 何故炎が——!?」
「これが、おれの奇跡魔術だ、ジャレン」
誰かを守るという願い——それから魔腑が導き出した魔術は、あらゆるものを守る、光の盾。あらゆる攻撃を防ぎ、あらゆるものを守る力である。
「ならばッ!」
ジャレンは跳躍してポンに接近し、剣を振り下ろす——が、その一閃も光の壁に阻まれる。何度剣を振り回しても、全て弾かれてしまう。
「何故だ!? 何故剣が——がはぁっ!?」
突然の事態に抱いた疑問を、しかしジャレンは全て口に出すことができなかった。天高く跳躍したダスが流星の如く落下し、巨槍で彼の体を貫いた。巨槍の穂は地面に深々と突き刺さる。
「あ……がぁ……!」
ジャレンは回復を願い——しかし、その願いが叶うことは無かった。ダスは懐から取り出した短刀でジャレンの右腕を斬り落とし、魔術を行使できないようにする。右腕の断面と貫かれた腹部から血が溢れ、彼は苦痛に包まれたまま息を引き取った。
「ミーリィ、ポン、よく耐えた。すまない」
申し訳なさそうな顔でダスは二人に言う。
「……ダス、こいつから目を離さないでくれよ。命は大切だと説く癖に、自分の命は大切にしないから、見てていらつくし心配になるし可哀想とも思えてくるし」
「だって……」
倒れたままミーリィは言う。「だってじゃねぇわ」とポンは鉄棍で小突き、地面に座る。戦いの緊張から解き放たれ、彼は大きな溜息を吐く。
「おれ、本当はお前らを助けようとして、わざと捕まって、一人で逃げようとしたけど……今なら断言できる。お前らがいなかったら、おれは逃げられなかったか、死んでた。それに……少し、怖かったかも。だから……本当にありがとうな」
それを聞いたミーリィは体を起こして彼の隣に座り、微笑んで言う。魔術により、毒も痛みも引いている。
「わたしも……ポン君がいなかったら、死んでた。ありがとうね、ポン君。自分の命も……保証はできないけど、なるべく大事にするね」
冗談めいた口調で言う——が、そこでポンが顔を紅潮させて別の方を向いていることに気づく。揶揄おうかと思ったが、ダスも目を伏せていることに気づき、疑問を抱く。
「ダスさん……? どうしたんですか?」
「……何があったかなんとなく想像はつくが……せめて、胸を隠せ」
「え、胸——」
戦いに集中し過ぎていて、彼女は自分の服が燃やされて胸が露わになっていることに気づいていなかった。途端に彼女の頬は林檎のように紅潮し、草むらの中へと隠れていった。
「……なんだかなぁ」
呆れたポンは溜息を吐いてそう言った。しかし彼は思わず微笑み、ダスもそれにつられて微笑む。
そしてポンは天を見上げ、言う。両親が還っていった天の果てに、どうか届くようにと願いを込めて。
「……父さん、母さん、見てたか? おれ、二人が誇れるような魔術師になれたかな?」
最初のコメントを投稿しよう!