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第二話 邂逅はごみ山の上で
ゴーノクルの南方、バイドーグシャ地方の国ガースが擁する大都市ボリア。嘗てこの地は魔術師の奴隷たる人間が居住していた地で、産業都市でもあった。交通の要衝としての側面も持ち、また各国の物品が流通していることもあって、地方ごとの大規模な市場と帝都ザラオス以上の人の往来を見ることができる。ミーリィとダスの二人はある目的でこの都市に来ていた。
「やっと着きましたね……凄く疲れた……馬車使った方が良いと思うんですけどねぇ」
荒い息遣いのミーリィがそう呟く。訓練を積んできたとはいえ、実際にファレオとしての活動をするようになったのは一、二年前くらいなのもあり、徒歩での長距離の移動は慣れていない。ただ、ファレオの活動用に出費を最低限に抑える必要がある為、将来的には嫌でも慣れることにはなる。
「ほら、行くぞ。宿まですぐそこだ」
「は、はいぃ……」
ダスに促され、ミーリィは石畳の道に置いた荷物を持ち上げて歩を進める。すたすたと歩くダスと、老人のように腰を曲げて重い足取りで歩くミーリィ。荒い息遣いで後ろを歩く彼女を見かねたダスは背負っていた背嚢と巨槍を置いて屈む。
「早くしろ」
「え!? おんぶですか!? いやありがたいですけどわたしも色々持ってますしいい年ですし……ああでも……」
「倒れられてもこっちが困る」
「…………では、遠慮なく……」
言われるがまま、ミーリィは体をダスの背中に預ける。周囲からの視線、彼女の中に渦巻く様々な感情によって頬が熱くなるのを感じ、思わず顔を彼の背中に埋める。するとまた別の羞恥心を感じ、頭を少し上げて彼の背中をじっと見つめる。
「……これじゃ生殺しみたいなものですよぉ、ダスさん」
「周りの連中の視線が集まって恥ずかしいってか?」
「…………まぁ、そんなところですね。というか、ダスさんが最初から馬車を使ってくれたらこうならなかったんですけど……まあいいや」
小さな声でミーリィは言う。周囲の視線を気にしているうちに宿に着き、入り口の前で彼女はダスの背中から降りる。
「ああ、癒しの宿屋ぁ……わたしの脚を癒しておくれぇ……」
「お疲れさん。ほら、さっさと入って休むぞ」
二人は白く塗られた扉を開け、宿に入っていった。
宿の部屋に入るなり、ミーリィは荷物を放り投げて布団に勢いよく飛び込む。
「あ゛————布団。布団最高」
溜まっていたものを吐き出すような声を上げ、寝台の上の布団を抱きかかえるように横になるミーリィ。そんな彼女をダスは一瞥し、荷物の整理をしつつ言う。
「今日は休んで、明日は自由行動だ。俺は明後日使うであろう道具を揃えてくる。お前は好きに見て回っていい」
「了解です——と、そうですそうです。お金をですね……」
布団から出ずに横になったままダスの方を向き、微笑みながら尋ねる。
「ああ……そうだな。ほら」
そう言って、ダスは硬貨を三枚投げる——値段にして三ウル。少し高めの菓子を一個買える程度の金額だ。彼女は布団の上に落ちたそれを手に取り、不満げな顔でじっと見る。昔からこんな感じであるとはいえ、この金額では碌な買い物ができない。
「…………ダスさん、そろそろ経費とお給料増やしてもらうように労働争議起こしません?」
「……まあ、気持ちは分からなくもないが、我慢しろ」
ファレオは職業としての面も持ってはいるが、どちらかというと賞金稼ぎの側面が強い。多少の経費や給料などは支給されるが、基本的には暴動を鎮圧し、あるいは魔獣討伐などの依頼を受け、その対価として金を得る必要がある。
「ちぇー。まあいいですよーだ」
不貞腐れたミーリィは金を衣嚢に入れてそっぽを向く。ダスはため息を吐き、荷物の整理に戻った。
翌日。ミーリィは街を練り歩いていた。美味しそうなお菓子を探しつつ、街行く子供達を眺めて高揚感を覚えている。
——あっははぁっ! 楽しそうにはしゃぐ子供達、目が幸せぇ! 昨日の疲れが吹き飛ぶぅ!
などと思いつつ歩いていくと、大通りから外れた細く薄暗い路地が目に入る。吸い込まれるようにその路地を呆然と眺めていると、その奥にあるごみ山の上に、右腕に包帯を巻いた少年が——
「え!? ちょっ!? 君大丈夫っ!?」
危うく通り過ぎかけた路地へと入り、ごみ山の上に倒れている少年のもとへ駆け寄る。心臓の動きと呼吸を確認し、安堵してほっと息を吐く。
「おーい君ー、大丈夫ー?」
声をかけつつ何度か肩を揺らすと、少年は重い瞼を開け——
「……!」
それとほぼ同時に、衣嚢の中に入っていた短剣を取り出して切っ先を彼女に向けた。
「ちょ、だだだだ大丈夫! 拉致して可愛がったりしないから! ……多分」
宥めようと多少の冗談も交えたものの、彼の視線はより鋭くなる。
「…………」
少年は短剣の切っ先を向けたまま何も言わずに彼女を見つめる。その姿に、ミーリィはどことなく違和感を覚えた。
——汚れているけど服は少し高価なもので、短剣の装飾も豪華な感じ。わたしのお金を盗るのなら、もう既に殺していてもおかしくない。何より、体が震えていて、怯えたような表情——
「——君、浮浪者じゃないでしょ。しかも、多分元は身分が高めの——」
「だからどうした」
遮るように、振り絞るように出された少年の声は、やはり震えていた。
「お前が何者かなんてどうでもいい。おれは、もう誰も信じられない」
そう言って立ち上がり、少年は路地から出ようとする。「待って!」と叫んだミーリィが、そんな彼の腕を掴んだ。
「おい離せよ!」
己の死を察したような表情をして、少年は全力で彼女の手を振りほどこうとする。しかしミーリィはその手を放さず、彼をじっと見て言い放つ。
「無理に信用して、とは言わないよ。でも、本当に駄目な時は、わたし達を頼ってね。それがわたし達ファレオの仕事でもあるから」
手を振りほどこうとする少年の動きが一瞬止まり、彼女の顔を見る。
「わたしはミーリィ。君の味方——まあ、今は違うけどね。でも、君が助けを求めたら、絶対に君の味方になるよ」
そう言ってにこりと微笑む。そんな彼女を見て少年は呆然とし、すぐ我に返って逃げ出した。
彼の前では微笑んだものの、去った後の彼女の表情は険しく、不安が表れていた。終始怯えた少年の表情、特に腕を掴んだ時の表情が、彼女の頭から離れない。
「……大丈夫かな、あの子」
そんなことを零すミーリィ。彼女は自然と彼の姿を追っていた。
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