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第三話 魔卿ジャレン・ラングル
少年を追い、大通りに出る。そこでは人々は道の両端に集まり、誰かが真ん中を通っているのを見守っている様子だった。
身長の高さを活かし、大通りの真ん中を眺める。そこには行進していたヘローク教団ネドラ派の教徒達がおり、魔卿である『ジャレン・ラングル』がその先頭を歩いていた。黒と金の豪奢な服に身を包み、手には剣が握られている。
国教であるネドラ派はその教義故に、殆どの帝国の有力者から「国や自分(達)を良くする為の道具」として扱われており、そこに信心は存在していない、という現状がある。しかしジャレンは祈りや天声といった些細な行事を毎日必ず行い、様々な祭事を率先して行う。彼が教団で最も信心深いと評される所以である。
「ジャレンさまー! これ!」
一人の少女がジャレンのもとに駆け寄り、一輪の赤い花を手渡す。彼は少女と同じ目線になるよう屈み、それを手に取る。
「ありがとうございます、優しきお方……『些事にこそ、人の心あり』。始まりの者の天声です。貴方の心、確かに伝わりました」
そう微笑んで言う。
「さて、こちらとしても何かお返しをしないと、ですね……そうだ、子供達にお菓子を配りましょう。アロクさん、準備できますか?」
無言で頷いた部下は、そのまま菓子の準備をしに行った。
「この後礼拝堂でお話をするのですが、その後に配りますので、楽しみにして下さいね」
少女は満面の笑みを浮かべ、人だかりの中へと戻っていった。
「……わたしもあと何歳か若かったらなぁ」
などと大人げないことを思うミーリィであった。
——でも、こんな優しい感じでも、悪い噂もあるんだよね、ジャレンさん。
彼の優しさに感心しつつ、彼女の脳裏にある噂が過る。
ジャレンは確かに信心深い人だが、それは狂信の域に至っている、という噂だ。手段を選ばず、信仰の為なら犯罪や殺しも厭わない。そのことが一つの要因となり、噂を信じている人々から「熱狂のジャレン」と呼ばれている。実は、その噂を受けファレオも密かに彼の動向を注視しているのだ。とはいえ、あくまで確認できた範囲だが、そのような面は未だに見受けられない。
——あの子、どっちの方に行ったかな。
そう思い、歩き出す。その時であった。
「そういや、今日の『お話』って何なんだ? 今までそういった行事は無かったけど」
「んーと、確か人探しとか何とか……だったかな? なんかそんな感じのこと聞いたけど」
『人探し』という言葉に、彼女の体は瞬時に反応した。
「す、すみません! その話、詳細分かりますか!?」
「うおっ! 急に驚かせるなよ……いや、俺達もその『お話』とやらがあるのと、人探しをしていることしか分からないな。すまねぇな、嬢ちゃん」
「そうですか……ありがとうございます」
先程の少年という確証は無いが、彼を探す手がかりになり得る『お話』は、彼女にとって好都合なものであった。
ミーリィは大勢の人々に紛れて礼拝堂の前にある広場に立つ。少しすると礼拝堂の中からジャレンが現れ、台の上に立って言う。
「さて、お集まりいただきありがとうございます。突然ですが、私……いえ、我々ヘローク教団は、ある方を探しております。その方は少年で、右腕には包帯が巻かれており——」
彼の口から淡々と述べられていく特徴は、先程出会った少年の特徴と一致していた。皆で探すなら見つかりやすい、と彼女は思い——
「——数ヶ月に亘って、我々だけでなく何千人もの兵士にも捜査をさせておりますが、未だに見つからず、しかしここにいるらしいという情報は得ており、故に皆様に協力を願いたいのです。勿論、協力された方への見返りもあります」
そこで、何かがおかしいと感じた。捜査をするなら教団の教徒だけで十分であろうに、わざわざ兵士に、しかもソドック王国との戦争中という状況で、捜査の協力をさせるのだろうか。そう考えると、優しかったジャレンの声が、純粋な優しさではなく、己の内側にある『何か』を隠す為の優しさに思えて仕方なかった。
——ジャレンさん、もとい教団は、何かしらの理由でさっきの少年を狙っている……? そうだとしたら、早く助けないと……!
そう思うや否や、彼女は礼拝堂の広場を後にし、少年を探す為に駆け出した。
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