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第四話 協力
「ダスさん! 急用です!」
買い物中、突然駆けつけてきたミーリィにダスは思わず驚く。
「お、おい。そんな慌ててどうした?」
「人探しです! 至急! 多分大変なことになります!」
そう叫ぶと彼女は彼の腕を掴んで引っ張り、再び街を駆け、少年と出会った路地へと戻ってきた。
「おい。人探しはいいが、どういう事態だ?」
「ええとですね、ジャレンさんがここで出会った子供を狙っているんですけど、話を聞いた限りだと怪しい感じがして……一人の子供に対して、何千人もの兵士にも捜査を頼んでいるんですよ!?」
「何、ジャレンか。とはいえ、正直危険すぎる気がするが……その子供の素性も分からないしな……」
「でも」
ミーリィはダスの目をじっと見つめ、力強く言い放つ。
「あの子、話していた時に凄く怯えていたんです。だから、あの子の力になりたいと強く思ったんです……ダスさんも、きっとそう思いますよね?」
その言葉に、ダスは言い返すことができなかった。確かに彼自身そういう子供がいれば助けるだろうと考えていたし、実際にそういう子供を助けたこともあった。だからこそ、彼女の気持ちを理解できた。
「……路地を出て右だ。早く行くぞ」
ダスの魔腑——燎原隊の魔腑は、嘗て存在した北方の戦の民を討滅する為の調整が施されている。追跡の魔術も、その一つだ。
「……はい!」
ダスが先に行き、ミーリィはその後をついていった。
長らく追われる身であったからか、その変化をすぐに感じ取ることができた。街行く人々が周囲を見ながら歩く姿に危機感を覚え、何とか身を隠すことに成功した。
彼はごみ山の中に隠れたが、その臭いなど一切気にならない。汗が垂れていくのを感じる。心臓の鼓動が高鳴る。最早少年に残された道はここに隠れることのみ。しかし捜査が終わる気配は無く、ここに隠れているのがばれるのも時間の問題であった。
祈る。神たる始まりの者に、先祖に、仲間に、父に、母に。何度も何度も無心に続け——その時が来た。
顔を隠していたごみが持ち上げられ、その顔に光が注がれる。全てを諦めた少年は咄嗟に起き上がり、握りしめていた短剣を相手の心臓目掛けて突き刺し——
「——やあ、また会ったね」
彼の手に優しく触れ、微笑みながら話しかけるミーリィ。しかしその声音からは、苦しみが強く感じられた。その様子に少年は思わず短剣を彼女の体から引き抜き、手を放してしまう。
「お、お前……」
「く、う…………ふぅ」
右手で心臓の辺りを押さえ、回復の魔術をかける。すると彼女の傷と痛みは消え、落ち着いた声音を取り戻す。
「ダスさん、大丈夫です。手を出さないで下さい」
外から見えないように路地の入口にいるダスを少年は見遣る。冷徹な表情のダスが「いつでもお前を殺せる」と言わんばかりに槍を構えていた。
「細かい事情はまだ分かっていないけど、ジャレンさん——というより教団は君を探していて、君は教団から逃げている。それは合ってる?」
「……知らないな」
そう言って少年は白を切る。すると彼女は彼の肩を掴み、じっと目を見て言う。
「君なら何となく理解しているでしょ。現状では逃げ場が無くて、君の特徴は皆に伝わっていて、ここにいるのがばれるのも時間の問題だって。初対面だし追われている身だから、わたし達のことを信用できないのは分かってる。でも、今ここで動かないと助かる可能性もない。だったら、信用しなくてもいいから、わたし達に賭けてほしい」
確かに彼女の言うことはもっともであった。彼にとっていかに信用できない相手であっても、動かなければ最終的に捕まってしまう。そして何より、先程短剣を刺してしまった時の彼女の顔と、最初に会った時の言葉が頭から離れない。少年はしばし逡巡し、そして言う。
「……ガースを出るまでだ。奴らのことだから、恐らくこの国全体を捜査しているだろうし」
その決断に、ミーリィは微笑む。
「分かった。君のこと、全力で守ってみせるよ」
そう言うと彼女は立ち上がり、ゴーノクルの伝統的な服である『ムス』の裾を掴み、がばっと持ち上げた。ミーリィの美脚と下着が顕になった瞬間である。
想定外の事態に少年は思わず硬直、その後に頬を紅潮させた。ダスも思わず呆れ、溜息を零してしまう。
「え、何、ここに隠れろってか? 馬鹿か!?」
少年の至極真っ当な叫びが響く。
「わ、わたしだって咄嗟だったんだよ! きっと準備する時間がもっとあれば……」
その声は段々小さくなっていき、最終的には途切れてしまった。少年の身長と彼女の身長を考慮したら、「割と最適解なのでは?」と腑に落ちてしまったからだ。
「……おれ、こんな痴女に助けられるのか」
「ちょ、乙女に対して痴女は無いでしょ!? 軽々しく異性に股を開いたことなんて——」
「いい加減にしろ」
巨槍の側面でミーリィの頭を軽く叩いてダスは言う。
「本当に悪いが、この中に入ってくれ。中途半端に顔や右腕の包帯を隠すだけだと、それを理由に捕まる可能性もある」
「……まあ、このおっさんの言うことには一理あるな。とはいえ、入りたくないんだけどな」
溜息を吐きつつ、少年は彼女の股の下で屈む。掴んでいた裾を離すと、盛り上がる部分なく少年はその中に収まった。
「いやぁ、まさか問題なく収まるとは……我ながら長い脚を持っておりますなぁ」
「さっさと行こうぜ。早く逃げたい」
そう言って少年は彼女の脚を殴る。「痛い痛い」と彼女は声を零す。
「一旦宿に戻るぞ、荷物を取って、それからここを出ていく」
そう言って、三人は路地を出て歩き始めた。
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