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第五話 脱出
三人は教団や市民の捜査を掻い潜り、何とか宿屋へと着くことができた。ミーリィと少年の対格差のお陰で、歩くのは遅いもののあまり違和感なく隠れられている。
「そうだ、少年よ」
ダスのその言葉に、少年は目線を送って反応する。
「どこに逃げたいとかはあるか? それに合わせて道を考える」
「……ソドック王国、おれの故郷だ」
かつて東方の賢者が住んでいた地であるラードグシャ地方。今や荒れ果て、魔獣とも異なる異形の生物が蔓延っている地だが、西端にあるソドック王国だけが唯一自然が残り、人が住める安全な場所である。しかしその国の国教はヘローク教団イレーム派であり、対立する宗派であるネドラ派を国教とする新ダプナル帝国とは現在戦争状態にある。
「……正気か? 今ソドック王国は帝国と戦争中だろ。んで、お前は確かネドラ派から狙われているんだろ? 自分から捕まりに行っているようにしか思えないが……」
「おれとお前達との関係は、この国を出るまでだ。仲間じゃないお前達にそこから先のことを心配される謂れはない」
「いや仲間じゃなくてもそれは流石に心配だよ!?」
荷物を詰めていたミーリィが咄嗟に反応する。
「ダスさん! この子送り届けましょう! ね!」
「気持ちは分からなくはないが……俺達にも仕事がある。それにこいつはそこまで求めていない」
「そんなぁ……心配なのに……」
彼女は肩を落として荷物詰めを再開する。
「そうだな……南東へ直接向かうか、遠回りするかだな。遠回りするならブライグシャ、ヴァザン、ユール、モダール、ラードグシャ、という具合に巡っていく」
「直接向かう」
「そうか……ところでお前、名前は何て言うんだ?」
「教える義理はない」
「…………ミーリィ、名前を付けてやれ」
「え、名前ですか? うーん……股下極小君?」
「ポンだ! ポンって呼べ! いいんだろこれで! ……クソッ、人のことをチビ扱いしやがって」
あまりの名前の酷さに、思わず名前と文句を口走る。
「それじゃ——ポン。まずはボリアを脱し、その後は南東へと進む。そしてガースとパータルの国境で別れる。これで大丈夫だな?」
その言葉にポンは無言で頷く。
「よし、じゃあ行くぞ」
またポンに服の中に隠れてもらい、三人はボリアの門を目指す。街行く人々の目はポンを探して四方八方を見回しており、三人に緊張が走る。特にミーリィとポンの二人は、歩調を合わせてゆっくりと歩く必要があり、極限の緊張感の下にいると言っても過言ではない。
そうしているうちに、門前へと着くことができた。時の流れを忘れて歩き、早かったのか遅かったのかも三人はよく分かっていない。しかし——
「門の見張り、か。まあ、当然といえば当然か」
門には数人の教徒、そしてジャレンの姿があった。門が見えて安堵した三人に、再び緊張が走る。
「さっきまでと同じように歩けば……大丈夫だよ、ポン君」
そう声を掛け、歩き出す。一歩、一歩と門へと近づき、門をくぐり——
「そういえば、あの両親は何か情報を吐きましたか?」
その言葉に、ポンは足を止めてしまった。
「え——」
気づかぬうちに彼女の服をポンが踏んでいた為に、転倒してしまう。そして、ポンの姿が露わになってしまった。
「——おや、そこにいましたか」
ジャレンとポンの視線が合い、途端にポンの顔は恐怖に染まる。
「ポン君!」
咄嗟にミーリィはポンを守るように彼の前に立ち、ジャレンと対峙する。少し先を歩いていたダスは巨槍を構え、臨戦態勢をとる。
「そちらのお二人には用はありません……その少年の身柄をこちらに引き渡して頂ければ、教団としては嬉しい限りです」
ジャレンは、あくまでにこやかに、落ち着いて対応している。しかしそれがかえって彼の狂気を感じさせる。
「こんなに怯えた顔をしている子供を、そう簡単に引き渡すわけにはいかないじゃないですか……! そもそも、この子が何をしたっていうんですか! 仮に罪を犯したとしても——」
「貴方達には、その少年の貴重さが分からないのです……まあ、当然の話でしょう。悪いことは言いません。その少年の身柄を引き渡さなければ、教団と帝国が敵になりますよ」
ジャレンはそう言ってミーリィとダスを脅す。ポンの貴重さはよく分からず、しかし強大な存在が敵になる可能性を知る。しかしミーリィは、
「貴重——だから、なんだってんですか! どうせこの子を実験体か何かにして、危険なことをするつもりなんですよね!? 絶対に渡しませんよ!」
そう強く拒絶した。
「お前……」
その言葉に、思わずポンは声を零した。
「……そうですか。だったら——」
ジャレンは鞘から剣を抜く。それと同時に、彼らを取り囲むように地面から炎が沸き上がる。
「クソッ! ジャレンの魔術か!」
「貴様らの命をここで終わらせて、その少年を回収するまでだァッ!!」
普段の物腰柔らかな態度からは想像のつかない叫びと、怒りの形相。熱狂のジャレンの噂の真相が、ここに現れる。
彼が剣の切っ先をミーリィとポンに向けると、そこから炎の奔流が迸る。二人に迫ってくる炎を、間にダスが咄嗟に入り、水の盾を生み出して防ぐ。その刹那、ジャレンは跳躍して迫り、ダスを目掛けて剣を振り下ろす。ダスは巨槍で受け止め、激しい金属音が轟く。
「水の魔術か……! これは……分が悪いか……!」
すると、ジャレンと鍔迫り合いを演じているダスの後ろで、何かが湧き出る音とミーリィの悲鳴がした。咄嗟に振り返ると、ミーリィとポンを分断するように地面から炎が湧き上がっていた。
「クソッ、ジャレンの奴!」
その隙にジャレンは炎の中に身を投じ、その向こうにいるポンに対面する。絶望しているようなポンの顔を見て、落ち着かせるように、しかしポンにとっては恐ろしいことを言う。
「さあ、行きますよ。貴方には聞きたいことが沢山——」
その時、炎の壁の向こうから大蛇のような激流が溢れてきた。それはすぐにポンを呑み込み、街の外へと向かっていく。ダスはポンとミーリィを掴んだまま激流から飛び出し、ミーリィは激流の上に冷気の魔術で水を凍らせ、床を作る。
「大丈夫か?」
氷の上に着地してダスはポンに尋ねる。脱出は一応成功、死人も重傷者も出ていない——しかし、ジャレンの炎の影響で、ポンの服や包帯が焼け、肌が露出していた。
彼の肌が焼け爛れていないか確認する為に、ダスはポンの右腕に手を伸ばし——そこで、あることに気づく。一つは、右腕の包帯の下に光る腕を——つまり、彼が自分達と同様に魔腑を持っていたということ。
もう一つは、腕の光が二人よりも、彼らが今まで見てきた全ての魔腑よりも、強い光を湛えていたということだ。
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