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第六話 ゲロムスの魔術師
ダスの激流によって街から抜け出し、森の中に入る一行。三人で焚火を囲み、ダスはポンに尋ねる。
「それで……ポン、お前のその右腕は何だ?」
その質問に、しかしポンは答えずに俯いて黙っている。
「……まあ、無理に答えろとは言わん。まだ俺達のことを信用しきれてないだろうし、そもそも言いたくないことかもしれないしな。俺は追手が来ないか見張ってくる」
そう言ってダスは立ち上がり——
「待て」
ポンが意を決したように強く言う。立ち止まったダスと倒木に腰掛けていたミーリィが同時にポンを見る。
「…………さっき助けてもらった礼と、これからお前達に命を懸けてもらう為に、教えてやる」
それは、彼なりの信頼の意思表示であった。
「嫌だったら大丈夫だけど……」
ミーリィがそう言うと、ポンは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ……恐らく、いずれは知ることになっただろうから」
そう言うとポンはしばし沈黙して目を閉じ、そして意を決したように目を開いて言う。
「……お前ら、もしゲロムスの魔術師が今も生きてるって言われたら、信じるか?」
その言葉に、二人は呆気にとられる。
「急に質問か? ゲロムスの魔術師が生きてたら——まさか……!?」
驚きを隠せないダスに、ポンは頷く。
「そうだ。ポン・ゲロムス——それがおれの名前だ。この魔腑はその証とでも言うべきものだな」
ポンが右腕を上げ、それを驚愕としているミーリィがじっと見つめては自分の右腕と比較する。そうすることで、彼女はその違いをはっきりと認識することができた。
「あ、本当だ! わたしのより光っている! でもゲロムスの魔術師ってまだ生きてたんだねー」
その言葉に、ポンは溜息を吐く。
「まあ、魔術師としては存在を気づかれない方が好都合だが……冷静に考えてみろ。世界を変えたり滅ぼしたりできる力を持つ存在が、どうして簡単に絶滅する? どうせおれ達だけじゃなく、戦の民や賢者だって生きているだろう」
「好都合……?」
ダスはポンの言葉に疑問を抱く。ゲロムスの魔術師が生きているのなら、帝国を乗っ取って再び自分達の帝国を作ることも容易であろうに。
「ああ、これも共有しておくか。帝国の狙いは、おれ達だ——まあ、狙う正確な理由は分からないが、多分フェラーグ・ゲロムスの直系、それが持つ魔腑だろう。尤も、おれは直系じゃなくて傍系だがな」
「フェラーグの直系の魔腑を狙う……どういうことだ?」
「そいつらは他の魔術師が持っていない、ある力を持っていた。多分お前らも知っているだろ」
「確か……魔腑を調整する魔術だったか?」
魔腑が行使できる魔術は、万人の生活を豊かにする基礎魔術、各人の職業に応じた比較的効果の高い特化魔術、そして各人が一人ずつ持つ効果の最も高い奇跡魔術の三つに分かれている。しかし最初期の魔術にはこのような分類がなく、皆があらゆる魔術を行使できた一方で、それぞれ効果の薄いものであった。
そこで最初の魔術師の一人にしてダプナル帝国初代皇帝であるフェラーグは始まりの者に『フェラーグとその直系に魔腑を調整する魔術を与える』よう頼んだ。結果彼らはその能力を得ることができ、効率化された効果の高い魔術を行使できるようになった。
「ただ魔腑が欲しいんだったら、そこら中にある墓を荒らせばいい。だが、色んな国に戦争を仕掛けてまでおれ達を狙うのなら、少なくともおれにはそれ以外の理由は考えられない」
「戦争は魔術師を探す為だった、という訳か」
帝国はソドック王国との戦争について『イレーム派とネドラ派の対立を終わらせ、より豊かな世界を目指す』と謳っているが、彼の言葉を信じれば、真の目的はそれではないようだ。
「そうだな。正確な居場所は把握していないだろうが、今や帝国の領土じゃないのはラードグシャ地方の国々だけだからな、今や魔術師を探すならそこしかない、といったところだろう。おれは生まれていなかったが、ブライグシャ戦役とかも魔術師を探す為だったらしい」
「……そうか、魔術師を探す為に俺の故郷は滅んだのか」
「あ、いや…………悪い」
「別にいい。そもそも俺が言ってなかったからな。おい、ミーリィ」
ミーリィに呼び掛ける——が、返事はない。彼女の方を見ると、暗い面持ちで俯いており、何かを考えているような様子だった。
「ミーリィ?」
「は、はいダスさんっ!」
「珍しいな。お前がそんな暗い顔するなんて」
「いやいや、ダスさんのその話を聞いたら暗くなりますよ! それにポン君の話も大変ですしね!」
「そうか……こいつの話はともかく、俺の話は何回も聞いているだろうが……まあいい。俺は見張りに——」
「待て。まだ言いたいことがある」
見張りに行こうとするダスを、再びポンの言葉が遮った。
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