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第八話 ミーリィ・ホルムの欲望
三人は一晩野宿し、そしてチロスへと向かった。ボリアに比べたら小さいが、ボリアから近いということもあって人が多く、またゴーノクル南部の物資を運搬する馬車がここで止まっていくこともあり、賑わいを見せている。
「武器とか荷物とかで怪しまれる可能性があるから、俺は町の外で待っている。その紙に書いてある奴を買ってきてくれ。ああ、あと風呂にも入ってこい。ミーリィはともかく、ポンは入れてないだろ」
そう言ってダスはミーリィに紙を渡す。そこに書かれていたのは必要最低限のものだけであった。
「何か、こう……自由に買っていいよー、とかはやっぱり無いんですか?」
「無い」
「ですよねー……」
そう言ってミーリィはとぼとぼと歩き始め、ポンはそれについていった。
二人は紙に記された物を買い、そして——
「あ——————ッ!! 良いねポン君ッ! 凄い可愛いッ!」
ポンは人形にされていた。厳密に言うなら、彼の意思を無視して彼女好みの服を次々と着せられていた。長時間続けていることへの疲れと面倒さから、彼の表情はもうすぐ死にそうな人のそれになっている。
「なあ、あんた……そろそろ決めたらどうだい? その子の顔、なんか『もう死にそうだ』って言っているようだよ」
店主にそう言われるも、ミーリィはあまり気にしていない。ポンも以前に何度か止めようとしたが、それについても聞く耳を持たない。
事の発端はこうだ。服にあまり興味の無いポンは服を選ぶ際に「お前の好きにしろ」と言ってしまった。それが結果的に少年を愛でる趣味を持つミーリィの心に火を付けてしまい、このような事態に至った。
「うーん、可愛い系も良いけど、格好いい系も捨てがたいなぁ」
花柄の服と、複数の線が波打つ服を見比べて思案する。そんな彼女の姿にポンは、
「っだあああぁぁぁッッ!!」
遂に堪忍袋の緒が切れた。突然の咆哮に、店主もミーリィも思わずびくっとなって彼の方を向く。試着室を出た彼は一直線に無地の服が掛けられている棚へ向かって白と黒の服を取り、試着室へと踵を返す。そしてすぐさま着替えて再び試着室から出る。
「これにする。会計はあいつが」
そう言って頭巾を被り、店の外へと出ていった。
「あ、待ってポンく——そうだお会計お会計」
財布から金を取り出して店主に渡し、ミーリィも店から出ていった。
「ごめんね、ポン君……興奮してつい」
「次服買う時はおれ一人で行く」
怒気を含んだ声でポンは言う。二人は今浴場へと向かっているところだ。
「しかし風呂か……思えば、何十日も入ってなかったな」
「どうりで臭いんだね」
「お前やっぱ馬鹿だよな? 少しは気ぃ遣えってんだ……ったく、どういう環境で育ったんだか」
その言葉に、ミーリィは黙ってしまう。
「あ、言い過ぎた。ごめん」
どこか暗い顔をしているミーリィを見て、ポンは思わず謝る。それと同時に、昨日の彼女の暗い顔が思い浮かぶ。その様子が、彼にとっては意外だった。
「何というかお前、意外と打たれ弱い……って言うべきか? いや、感傷的になりやすいって言った方がいいか? 意外と暗い顔になるよな。昨日話していた時も」
「うん、まあ、そうなのかもね——あ、ほらポン君! 浴場に着いたよ!」
気分がまたも一転し、彼女は正面に見えてきた浴場を指さす。
「やっと着いたか。じゃ、金くれ」
「え?」
ポンのその言葉に、疑問の声が漏れる。
「いや、だから金くれよ。性別違うんだから別の風呂に入るのは当然だろ?」
「てっきり一緒に入るのかと……」
「な訳ねぇだろ! いいか! これでもおれは女性の裸を見て恥ずかしがる年齢には至ってるわ!」
「でもその身長ならごまかせるよ」
さも一緒に入ることが当然かのように言うミーリィに、ポンは思わず溜息を零す。
「とにかくおれは一人で——」
「でも教団の人が来たら一人で逃げられる?」
痛い所を突かれ、「う」と声を零す。そして思案し、意を決して言う。
「……………………分かった。一緒に入ればいいんだろ」
「それでよろしい! まあ他の人達もそんなに気にしないと思うから、気を楽にして大丈夫だよ」
「気にするのはおれの方だよ……」
心底嫌そうな顔で彼はつぶやいた。勿論彼を守るという目的もあるが、実際は裸を見たいという思いがあるのは言うまでもない。
二人は浴場に入る。昼過ぎということもあり、人がいないという訳ではないが少ない。多くなかったことにポンは安堵する。
彼は右腕に包帯を巻き、裸を見られないように浴巾を巻いている。一方でミーリィはそんなものなど巻かず、堂々と己の裸体をさらけ出していた。
浴巾を巻いたまま湯船に入ろうとするポンをミーリィが止める。
「あ、ポン君。お風呂に入る時はそれ取らないと駄目だよ」
「そ、そうだな……」
そう言って嫌々浴巾を取り、湯船の外に置く。ミーリィは内心大興奮していたが、やせ細って汚れた体は彼の生活の苦しさを痛々しく感じさせるものであり、すぐにその興奮は萎えた。それに続いてミーリィも入り、体を伸ばす。
「……大変だったんだね」
何て言おうか悩んだ末に、その言葉を言う。碌な食事も、休む場所も無かった生活に、ミーリィは同情の念を抱いている。
「まあ、人生が一変したからな。普通の生活を送っていたら、正体がばれ、教団や帝国に追われ、挙句の果てには親が拉致されて——普通じゃ、そんな生活なんて味わえないな」
その言葉に、彼女は何て返せば良いか悩む。どんな言葉をかけても、彼に拒絶されるような気がしたから。
「……あー、話題変えるか。あー、と……ありきたりな話題だが、本とか読むのか? おれは結構読むが……いやお前読んでなさそうだな、絵本くらいしか」
「…………絵本も読んだこと無い……」
「…………まじか」
気まずい雰囲気と沈黙に包まれる二人。ミーリィは湯船に浮かぶ自分の髪をいじり、ポンは体を伸ばして天井をじっと眺めている。時間の流れがゆっくりと感じる二人であった。
「……そうだ」
ポンが何かを思い出したかのように切り出す。
「いや、割とどうでもいい話だとは思うが、何で——」
「きゃあああぁぁぁっ!」
その時だった。脱衣所から甲高い悲鳴が響いてきた。その直後、新ダプナル帝国の兵士達が押し入ってきた。ミーリィは咄嗟にポンを隠すように彼の正面に立つ。
「帝国……! 後をつけられていたって訳ね……!」
ミーリィの姿を認めるや否や、帝国の兵士達は彼女に近づいてきた。
「おいミーリィ……!」
ポンがそう声を掛ける。今にも絶望しそうな彼の顔を見て、彼女は安心させるように言う。
「大丈夫、君のことを守ってみせるよ」
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