第一章 魔術師との邂逅

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第九話 浴場の戦い                                       新ダプナル帝国の兵士達がミーリィに近づいて言う。 「その少年を引き渡して貰おうか。そうすれば、お前とその相棒の命は助けてやる」 「よっぽどわたし達のことが好きみたいね……ほら! こっち来なさいよ! びびってるんですか!?」  湯船の壁際まで後退しつつ、兵士に挑発するミーリィ。その行動に思わずポンは焦る。 「おい! 挑発してどうすんだ! やばい状況になったぞ!」 「大丈夫——今っ!」  そう叫び、彼女は右腕を湯船に突っ込んで願い、それと同時にポンの腕を掴んで跳躍する。 「なっ、逃がすなッ! 女の方は殺しても——ッ!?」  湯船から出ようとした者も、跳躍してミーリィを串刺しにしようとした者も、脚が動かないこと、脚に感じる異常な寒気に気づく。そして足元を見遣ると、熱湯が凍っていた。 「クソッ! 魔術か!」 「それ借りますっ!」  脚を動かすことができない兵士の顔に、跳躍して膝蹴りをかまし、気絶させて彼が持っていた槍を奪う。そしてその穂先をへし折り、ただの棒へと変える。 「太さと重さ、素材も違うけど——今はこれで十分!」  そう言って動けない兵士達を殴りまくる。何度も何度も頭を殴り、遂には誰も動かなくなった。その光景にポンは唖然とし、恐怖心すら抱いていた。彼の頭から、酷く怯えていた兵士の顔が離れない。 「……あいつらに同情する気はねぇが……お前が怖いわ」 「流石に命の危機だしね。それに、殺してはいないから大丈夫だよ」  優しいとはいえそこに辛さを感じていない辺り、流石ファレオの人間だな、と感心するポンであった。二人は脱衣所へと向かう。そこに入ったのと同時に、増援の兵士達が駆けつけてきた。 「いたぞ! やれ————ッ!」 「ポン君! 桶一杯の水! 沢山用意して!」 「お、おう!」  場所の狭さのお陰で、複数人で同時に襲ってくることは難しい。兵士の一人がミーリィへと突貫し、剣を振り下ろす。それをすんでのところで避け、お返しにと顔を棒で突く。  兵士がその勢いで倒れるのと同時に別の兵士が襲い掛かってくる。それと同時に、 「ミーリィ! 水だ!」  ポンが彼女の隣に桶一杯の水を置いた。 「ありがとうポン君!」  そう言って桶を手に取り、中に入っていた水を兵士にかけて願う。水は空中で氷の塊となり、急接近していた兵士の顔に激突する。そしてすぐに鼻血を出して倒れた。 「絶対にポン君は渡さないですからねっ!」  棒を桶の中に突っ込んでミーリィは叫ぶ。服さえ着ていれば様になっていたはずだ。 「じゅ、銃だ! 銃を持ってこい!」  彼女の勢いに押される兵士は叫ぶ。 「お、おい!」 その兵士の後ろにいた兵士が叫ぶ。その叫びに反応した頃にはもう遅く—— 「おっりゃあああぁぁぁッッ!!」  桶の中の水を凍らせて、槌と化した棒で鎧を打つ。魔術によって増強された筋力と、それによる跳躍からもたらされるその一撃は、鎧を深く凹ませて骨を砕き、後続の兵士諸共吹き飛ばす威力であった。 「ポン君! 入口にその桶の水を撒いて!」  彼は言われるがままに水を撒く。それに合わせてミーリィが冷気の魔術を送り、何度も繰り返して氷の壁を作った。 「こんな薄くて大丈夫か!?」 「大丈夫! 着替えるだけだから!」  必死だったポンは自分とミーリィが裸であることを忘れていた。何ならそのまま外へ出ようとしていた。はっとした彼はミーリィと共に着替え始め——  氷の壁の向こうから聞こえてきた銃声と同時に、ミーリィに突き飛ばされた。 「ぐっ……おい! ミーリィ!」 「が、あぁっ!」  氷の壁の向こうから何発も撃たれ、その弾丸が彼女の体に命中する。魔術が込められた銃弾には催眠や毒などの効果がある。何発もの弾丸を受けて魔術が蓄積されたことにより、その効果はなかなか消えない。 「大丈夫か!?」  ポンは心配して駆け寄る。しかし彼女は何とか立ち上がり、彼の前に立つ。しかし彼女の足は、棒で支えていないと立てない程に覚束ない。 「大、丈夫……守って、みせるから……」 「いや無理するな! 休め!」  そうしているうちに、兵士達が氷の壁を割って侵入してきた。銃口が、彼女に向く。しかし、銃口をその一身に向けられても、碌に戦えないような有様でも、彼女は戦おうとする。ポンは少し思案した後に立ち上がり——  兵士達の向こうから激流が流れてきた。彼らはそれに呑まれ、その中でダスの巨槍に貫かれ、切り裂かれる。 「ダス!」 「ダス……さん……!」  彼の救援に、二人は歓喜する。それに安堵したかのようにミーリィはその場で倒れてしまった。 「銃にやられたか……しかも何十発も受けやがって」  倒れたミーリィに近づき、ダスは右手を彼女の体に当てて願う。すると毒による苦しそうな呼吸から落ち着いた呼吸へと変わっていった。 「あ、ありがとうございます……」 「怪しまれると思って同行しなかったが、一緒に行った方が良かったな……すまない。立てるか?」  そう言われて、ミーリィはすぐさま立ってみせる。 「大丈夫です、いけます!」 「よし、厄介なことになる前に逃げるぞ」  その言葉に二人は頷き、ボリアでしたように彼が生み出した激流に乗り、三人は浴場から、そして町から抜け出していった。
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