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そのころ――
国境の森の中央では、勇者ライアンと闇墜ち聖女ダイアナが対峙していた。
高濃度の魔気で黒一色に変色した湖面の中央には、扇状になった闇色の背面を持つ玉座があった。
そこに脚を組んで座っているのは、背中に黒蝶の羽を持つ女。
悪魔のような伯爵令嬢――
アギオスの言葉は本当だったな。
聖女であったとは到底思えない禍々しい魔気を纏い、邪悪な気配をこれでもかと漂わせている。
日暮れとなり夕闇が迫る空を見上げた女は、肘置きにもたれて品をつくると、気だるげに首をかしげた。
「まったく、次から次へと【七耀の星】がやってくるのね。呼んだ覚えはないのだけど……まぁ、いいわ」
ライアンを品定めするような流し目がおくられてくる。
「勇者ライアン、銀髪が素敵ね。それにしても、さっきの賢者といい【七耀の星】というのは、皆目のいい者たちが選ばれるのかしら。聖者ユノーグも素敵な方だって、神殿の聖女たちが噂していたもの。でも、残念だわ。どんなに容姿が秀でていても、王族でなければ意味がない。わたしは王妃になりたいのよ。それを叶えてくれる人じゃないと」
自分がジリオンの皇子であるとは、口が裂けても言いたくないライアンだった。
そのとき、玉座の背後から先端が細く尖った黒影が次々と立ち昇り、一斉にライアンへと向かってきた。突然の攻撃に反応し跳び退いたライアンは、自分がいた場所に深々と突き刺さる具現化した【闇の鎖】を横目で見た。
「さっきの賢者もそうだったけど、貴方も逃げるのが上手ね」
蠱惑的な笑みを浮かべたダイアナの目には、あきらかな欲望の光があった。
「少し考えたんだけど、ハリス殿下を待つ間、味見するにはちょうどいいかも。裸の貴方を闇の鎖で磔にして、弄んでみたくなったの。どんな声をあげるのかしら?」
冗談じゃない。
背筋をゾッとさせたライアンをしり目に、女の指からは新たな黒影が生みだされると、玉座の背後からはふたたび不規則な動きをする黒い鎖が幾重も伸びてきた。
不規則に動く鎖先のすべてがライアンに狙いをさだめたころ、周囲に漆黒の闇が迫る。闇色の鎖は、宵闇に溶けこみはじめていた。
見えにくいな――視認性の悪さにライアンが目を細めたとき、周囲を照らしたのは、炎の尾を持つ火の鳥だった。
アギオスが使役する高位精霊のひとつ、火の精霊がライオンの元に飛んでくると、その姿を今度は炎の帯に変化させて寄り添う。ライアンの首から腕にかけて炎の帯が螺旋状に巻かれた。
さらに火の精霊は、霊体の一部を分裂させると、湖を上空から照らすように火炎を点々と浮遊させたので、ライアンの視認性は格段に良くなった。
あとで、アギオスに礼を言わないとな。そう思ったライアンの耳たぶで、小さな火花が散る。
「アチッ」
耳を押さえたライアンに、火の精霊から言霊がおくられた。
〖1時間――忘レルナ〗
「ああ、そうだった!」
ライアンとしては、さっさと片付けて1秒でも早く愛するグレイスの許に戻りたいのだが……
背中から大剣グレイヴを抜いて構える。
「わかった。精霊の主には、俺も逆らえないんだ。しっかり役目は果たす」
満足気な火の精霊は機嫌が良くなったのか、霊力をさらに高めるとライアンが握る柄から剣身にむかって螺旋状に炎を走らせた。
光陰の聖女の祈祷によって、あらゆる付加価値を与えられた大剣グレイヴは、高位精霊の霊力をまとい、ついに〖炎聖剣〗となった。
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