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アギオスの話しによると――
その日の朝、花畑にうずくまっていたライアンは、虚ろな表情で淡紫色の花を摘んでいたという。
爽やかな朝の空気にはそぐわない不穏な気配に、精霊たちがザワザワとして、ツリーハウスで目覚めたアギオスがそっと顔を覗かせると、その光景が目に飛び込んできた。
「僕はね、魔神アバドーサ復活の予兆かと思ったよ」
あれは、まぎれもない邪気あるいは狂気を秘めていたと、賢者は断言する。
美しい花に囲まれた勇者の顔には、生気が感じられなかった。
淡紫色の花束をジッと見つめ、何やらブツブツ。
風の精霊がその独り言を、荒風に乗せて運んできた。
「ふれたい……キスしたい……もっと尽くしたい。はやく俺だけのグレイスにしたい。ダメだろうか……まだ早いだろうか……愛してるのに、だれよりも大切にするのに……嫌われたくない、でも、嫌われてもそばにいられるなら……いや、ダメだ。せっかくここまで……でも、でも、もう耐えられない」
独り言をいいながら、ライアンは淡紫色の花をムシャムシャと食べだしたという。
衝撃の光景を不幸にも目撃してしまったアギオスは、ゾオォォォォォ……
「あの独り言を聞いたとき、僕は呪詛かと思ったよ」
久しぶりに鳥肌が立ったといい、その日の午後の忠告に至ったというわけだ。
「いいかい、グレイス。様子をみようと提案した僕がいうのもなんだけど……このままライアンとの関係を維持したいのなら、飼い殺しはダメだ。何かしらの『餌』を与えるべきだろう。しかも、早急に。そうしないと、この島からはまず淡紫の花が消え、キミの髪色に近い花からどんどんライアンの腹に消えていくだろうから」
グレイスがあずかり知らぬところで、仄暗さを発揮したライアンの病み堕ちぶりは、危険水域に達していたようだ。
そうして、その翌日。
夜になって、天幕を訪れたライアンを迎え入れたグレイスは、お茶を淹れる病んだ勇者の背に抱きついた。
「待たせてしまって、ごめんなさい」
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