ディストピアへ

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グレイスが腕をまわした広い背中は、氷山のようにカチンとかたまった。 全身を凍結(フリーズ)させたライアンの手からは、予想どおりにポットが滑り落ち、敷物を汚す直前で、グレイスは具現化した陰の神聖力で受けとめた。 「ライアン」 名前を呼んでも返事はなかったが、グレイスの手には、冷え切ったライアンの手が重ねられた。 ゆっくりと身体の向きを変えたライアンが、向かい合わせになったところで、焦点の合っていない目で見下ろされる。 いつも朗らかな顔をして「グレイス」と、話しかけてくるライアンとは、似ても似つかない表情だ。生気が感じられない、と言ったアギオスの言葉にも頷ける。 出会ってからはじめてみるライアンの様子に、グレイスの罪悪感は広がった。 本当はもう、少しまえからライアンの異変には気づいていたのだ。 ただ、ふたたび訪れた暗黒島(ディストピア)で仲間たちと過ごす、あまりに穏やかな暮らしは、グレイスの想像以上に楽しいもので「もう少し、あと少し」と長引かせてしまった。 「ごめんね、ライアン。あなたにだけにずっと我慢をさせて」 夜空を見ながら手をつなぎ、島を歩いたとき。 何かをずっと言いたげにしていたことは知っていた。 「おやすみ」の頬への口づけをしてきても、それ以上は求めてこなかったライアンが、いつも両手の拳をきつく握りしめていたことも知っていた。 ライアンとの将来を考える時間は十分すぎるほどあって、すべてを捧げる決心もついていたのに…… 「グレイス」 カチンと固まっていたライアンの口が、ようやく開いた。 「限界なんだ。もしかしたら、優しい俺ではいられないかもしれない」 焦点が合っていなかった目に、生気が宿る。 「もし俺が、グレイスの意思にそぐわないことをしてしまったら、お願いだから嫌いになるまえに、殺さない程度に俺を痛めつけてくれ」 キミならそれが、できるだろう―― 病んでる勇者は、そう願った。
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