438人が本棚に入れています
本棚に追加
/171ページ
穏やかな西風が吹いている。
艶やなか漆黒の髪をなびかせたルイーザは、ここ最近、シモンとユノーグを相手に愚痴てばかりだ。
「それで、いつになったら、あのふたりは暗黒島に戻ってくるの?」
「さあ、それは……ふたりしだいというか、美食家マップのすすみしだいというか……なあ、シモン」
ユノーグに話しを振られたシモンは、作りかけの魔石から顔をあげた。
「そうだなあ。でも、白の宮殿からは思ったより早く出てきたから、案外、戻ってくるのも早いんじゃないの?」
「どこが早いのよ。1か月半も篭りきりだったのよ。あの、暴走勇者め。次にあったら、下半身を氷漬けにしてやろうかしら」
テーブルの端に寄せられた魔石の残骸を見て、ルイーザが顔をしかめたところで、3人の頭上に影が差す。
晴れた空から降りてきたのは、人外の美貌を持つ伝令者で、いつものように愛しい魔女のとなりに腰をおろした。
「ただいま、ルイーザ。これ、おみやげ」
シモンに作ってもらった状態維持の魔道具から出したのは、キンキンに冷えたアイスだった。
ユノーグの顔が一気に輝く。
「おおっ! それは風呂の町バスクの『シャキーンアイス』だ。それが土産――っていうことは、グレイスとライアンはいまゼータにいるのか。そうすると、カサレアを経由して、もうすぐレブロンに入るな」
「そういうこと。あとはライアンが、ローゼンハイム公爵夫妻から結婚の許可を貰えば、暗黒島に戻ってくる」
唯一無二の親友の近況を聞き、すっきりとした甘さのシャキーンアイスのおかげで、ルイーザの機嫌もすこしだけ上向いた。
「ごちそうさま。それじゃあ、忙しくなる前に、わたしは今の仕事片付けて、半年は暗黒島過ごせるようにしないと」
「俺もそうしようかな。聖皇庁に久しぶりの休暇を申請しないと」
ルイーザといっしょに腰をあげたユノーグに、
「神聖騎士団長様は忙しいだろうから、長期休暇は無理だろうな。ああ、そういえば、どっかの山奥で魔物の気配がしたような……」
刺々しい口調のイリスの頭を、剣の柄が小突いた。
「おい、イリス。また余計なことを聖皇の耳に入れるなよ。ようやく近衛から解放されてたっていうのに、おまえのガセネタのせいで、この間なんて、いもしない魔物の捜索を1週間もさせられたんだからな」
「噂好きの風の精霊の言霊を伝えてやっただけだ。噂話の真意を見抜けない聖皇も相変わらずバカだが、それに踊らされる神聖騎士団長もおなじくらいボンクラ……」
悪口が言い終わらないうちに、イリスの襟首を掴んだユノーグが投げ飛ばす。そうしていつものように取っ組み合いがはじまった。
最初のコメントを投稿しよう!