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 これでも飲みなさい、と差し出されたポカリに口をつける。思ったより喉が渇いていたみたいで、あっという間に半分ほど飲んでしまった。 「盛大に振られてたわね」 「見てたんだ……」  悲しくて寂しくて、心がズキズキ痛むのは変わらないけど。  ユキが隣に来てくれたおかげで、なんだか体が少しだけ軽くなった気がする。 「ユキの言う通りだよ。嘘なんてつかなきゃよかった」 「まあ、意外とこれでよかったんじゃない?」 「どういうこと?」  大好きなサトミちゃんに嫌われたのに、よかったことなんてあるわけない。  心の中でちょっぴりムッとしながら見上げると。 「あんなバレバレな嘘を見抜けないような女じゃ、コウタのそばにはいられないわよ」  十月の涼やかな風に、ショートカットの黒髪がさらりと揺れた。  左手を腰に当て、どこか誇らしげに微笑むユキ。  ユキが何を考えているのかわからなくて、その細い目をじーっと見返していると。 「ほら、保健室行くわよ。その血だらけのきったない顔どうにかしないと」 「いてて。引っ張らないでよ。自分で立てるから」  頰を引っ張るユキの手を振りほどいて立ち上がり、体育着についた砂埃をぱんぱんと叩いた。 「いいこと? これからはくだらない見栄なんて張るのはやめなさい」 「それができれば一番いいのはわかってるよ。だけど……僕なんて、カッコ良くもないし、運動音痴だし」  自分の言葉に内側から傷つけられるのを感じながら、続きを吐き出した。 「ほんとうの僕を相手にしてくれる女の子なんて、どこにもいない」 「あんたってほんと、なんにもわかってないのね」 「え?」  ふいに、右手が温かい感触に包まれた。  見下ろせば、ユキの日焼けした左手が僕の砂だらけの手を握っている。 「あんたが勉強しかできないろくでなしだってことくらい、あたしはずっと昔から知ってんのよ」  いつも通りのツンツンした声、意地悪な口調。  なのに、なんでだろう。  こんなにも口元がとろけてしまうのは。   「……ろくでなしって、ひどいなもう」  柔らかな手を握り返す。男の子とはどこか違うふわふわした温もりが、指先からじわじわと体中に広がって。 「ねえ、ユキ」 「ん」 「ユキって、女の子なんだね」 「は?」     急にそっぽを向いたユキの、耳が真っ赤で。 「な、なんなの急に!」 「いや、なんでも……」  消え入るようなその返事を最後に、僕らはしばらく言葉をやめた。  枯葉を踏む音。虫の鳴き声。  かすかに聞こえる息遣い。    お互いの顔を見られないまま、ぎこちない温もりだけを重ねあって。  校舎裏を抜け、人影が見えてきたところで、どちらからともなくそっと手を離した。
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