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「和歌山のとある畑から向こう二ヶ月分の水分を拝借したが、それがどうかしたか?」
嫌な予感が的中したと知って、血が凍るような気持ちに襲われた。
「どうしてそんなことするの! そのせいで、今サトミちゃんちのみかん畑が大変なことになってるんだよ!」
「どこから持ってこようと我輩の勝手だろう。我輩はただお主の願いを叶えただけで、水分をどこから調達しろなどと指示は受けていないぞ」
「そんな」
目の前が涙で濡れていく。このままじゃ、サトミちゃんたち家族の生活が危ない。
「雨を降らせてよ! サトミちゃんたちのみかん畑の上に」
「言っただろう。願いは一度だけだ」
「そこをなんとか! 僕にできることならなんでもしますからっ!」
両手で胴体を揺さぶると、魔王さんは顔を歪めて「やめろっ! ちぎれるだろ」と叫んだ。声は怖いけど、やっぱりティッシュだ。
手を離すと、魔王さんは黄色の目で一度瞬きをしてから。
「方法がないことはない」
「ほんとうですかっ!」
テンションが一気に上がった僕とは反対に、魔王さんは難しい顔をしてこう続けた。
「もしどうしてもあの畑に雨を降らせてほしいというなら、お主の願いを取り消すことになる」
「それって、つまり」
「時間を前の日曜日に戻し、雨が降らなかったことにするということだ」
僕は考えた。
あの日の雨を取り消したら、どんな結末が僕を待ち受けているのか。
深く考えるまでもなく見えた未来に、胃のあたりをぎゅっと握りつぶされるような気がして。
——それでも、僕にとって、サトミちゃんたち家族やあのみかん畑は、とってもとっても大事だから。
「わかったよ。魔王さん」
右手の拳をぎゅっと握って、僕は続けた。
「あの時の願いを、取り消して」
「いいんだな」
「うん」
魔王さんの黄色い瞳がぶわっと広がったかと思うと、黄金色の光が一瞬で辺りを包み込んだ。
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